旧・少女苑(広島市佐伯区) | コワイハナシ47

旧・少女苑(広島市佐伯区)

かつて広島市佐伯区三宅町字入ノ谷に〈貴船原少女苑(きふねばらしょうじょえん)〉という女子少年院があった。

一九四九年に開設されたが、一九九四年に東広島市へ移転。無人と化した敷地内に暴走族が夜な夜な侵入し、エンジン音を鳴り響かせたり花火を上げたりと問題を起こしていたという。

ちなみに女子少年院とは家庭裁判所から送致されたおおむね一二歳以上、二十三歳未満の女子が更生及び一般社会に移行するためのスキルを身につける場所である。今は希死念慮や自傷行為、摂食障害などで苦しむ〈非社会的〉事例で送られてくるケースも多いが、当時は窃盗や障害、薬物や売春という〈反社会的〉な事例がほとんどだった。

それ故に職員の中には、犯罪に手を染めた少女達を人間として扱わない者もいたという。

指示しても言うことを聞かずに反抗する少女達の統制は容易ではなく、舐められたら負けという思いから行き過ぎた暴行、虐待行為が行われたとしても不思議ではない。

実際、近隣の広島少年院では二〇〇九年に五十二人の収容少年に対して、百十五件の暴行や虐待行為が教官の手によって行われていたという記事も残っている。

そんな旧・少女苑がなぜ、心霊スポットとして知れ渡っているのか。当時、少女苑にいたという女性から話を聞くことができた。

「年齢や入院歴によって上下関係があり、一部の者達はイジメの対象となっていましたね。上には決して逆らえず、抗おうものならリンチを受けていました」

教官に報告はしなかったのだろうか。訊ねると彼女は苦笑いのように口の端を上げた。

「教官も同じように日々の鬱憤を私達で晴らしていましたから」

そんなある日、事件は起こってしまう。

イジメを受けていた少女が耐えきれなくなり脱走したのである。刈った雑草を捨てにいく名目で一人となり、怪我を負うことも厭わず有刺鉄線の壁を上って苑外へ出たのだ。

教官達は脱走に気付き、山狩りを決行。山陽自動車道にある貴船原横断橋を渡ろうとしている少女を発見、捕まえて苑へと連行。

「彼女は通称『開かずの間』と呼ばれる独居房で一日中体罰を受けました。そこは鉄の扉になっていて、離れにあるので叫び声も届きません」

教官達からすれば、脱走など自分達を馬鹿にされたような気分のはず。二度と歯向かわないよう徹底的に身体へ覚えさせるつもりだろう。

「ある日、作業をしていると職員棟へ呼び出されました。私の他にも数人いて、荷物運びをしろと言われるんです。冷蔵庫でも入れるような大きな箱でした。重さもそれなりにあって、四人くらいで持ち上げるのが精一杯といった感じ……」

嫌な予感がした。もしかして……。

「分かりません、本当のところは。ただ、運ぶ先は苑の裏にある『入りの谷溜池』でした。セダンのトランクに乗せてゲートをくぐり、溜池へ箱を下ろしたら教官を残して車で戻されるんです。決して中身を、これから行うことを見られないように」

何回、その運搬作業を行ったのか聞いてみる。

「三回です。教官の息がかかった先輩もいて、常に口外しないか監視されていました。元々気の弱かった私は精神的におかしくなり、挙句に大病を患ってしまったんです。苑内での治療は困難と判断され運良く退所になりましたが、あのまま残っていればどうなっていたか……」

現在はすっかり元気になったようで、何よりである。

「今でも夢に見ます。ドラマなどで受刑者が出所する時、教官から労いの声をかけられるじゃないですか。もう来るなよとか、頑張れよとか。最後に私が教官からかけられた言葉って何だったと思います?『分かってるよな』でしたから」

短い言葉の中に色んな意味が凝縮されていて、背筋がゾッとした。

ちなみに旧・少女苑が心霊スポットと呼ばれていることについて、どうお考えなのか。

「当時の凄惨な出来事を知っている者からすれば、負の感情の残留思念があったとしても不思議じゃないですよね……。ところで、どのような噂が流れているのか教えていただくことはできますか?」

訊ねられ、私は事前に集めた資料を取り出す。

地元の男女六名が旧・少女苑へ肝試しに行った際、入り口前に車が停まっていた。既に先客がいるのかと思いながら廃墟と化した苑内を探索していると、正面玄関で女性が四~五名立っていた。思いきって声をかけるが、彼女達は無表情のまま一言も話さず奥に向かって歩き出したらしい。その後も中を巡ったが、彼女達には遭遇せず。そろそろ帰るかと外に出た際、入り口前に停められた車を囲うように彼女達は立っていた。乗る素振りもなく喋る訳でもなく、ただ全員がこちらを黙って見つめ続けていたらしい。しかしそれだけで何もしてこないので、無視して横を通り自分達の車を発進させた。帰る途中で「あれは何だったのか」という話で盛り上がる。だがそこで食い違いが生まれた。「髪の短い子は可愛かったな」「そんな子いたか?」「というか女なんていた?」「……え?」「そもそもあいつらはどうやって帰るんだろうな」「普通に車で帰るだろ」「いや、全員乗れないだろ」「五人乗りで四人だから大丈夫だろ」「は?七、八人はいたぞ」「……は?」どうしても気になった男達は女性を送り届けた後で苑に引き返すことを決意。かなり時間が経っていたので、流石にもういないだろうと思ったが……いた。同じように車を囲う少女達の姿が、そこにはあった。流石に異常だと気付き逃げ帰ったが、一年後、男は別の連れから少女苑へ肝試しに行こうと誘われる。正直行きたくなかったがビビッていると思われたくないので渋々同意する。

嫌な予感を覚えつつ苑の入り口に到着した時、彼は目撃した。あの時と全く同じ車が停まっていることに。車は埃だらけで周りの草も伸び切っていたが、男は寒気が止まらなくなり引き返したという――。

話し終えた後、明らかに女性は顔色を変えていた。自らの身体を抱きしめるようにして、言いにくそうに「……あの」と呟く。

「停まっていたという車……色や車種は分かりますか?」

きちんと話したつもりが説明不足だったことに私は気付く。

確か色は白で車種は――。

「「セダン」」

同調したことに驚き、資料から目を離し彼女を見つめる。

なぜそれを、と言いかけて思い出す。彼女の語ってくれた話の内容を。

【荷物運びをしろと……冷蔵庫でも入れるような大きな箱……四人くらいで持ち上げるのが精一杯……入りの谷溜池……セダンのトランクに乗せて……】

更に彼女は、こうも言っていた。

【三回です……あのまま残っていれば私もどうなったか……】

運搬を手伝わされた少女は四名、運搬をした回数は三回。肝試しを行った男達の証言の食い違いは四名から七名……多少の誤差があるが、これは……。だが、四名の一人は目の前の彼女だ。

「……すみません、気分が優れないので帰らせていただきます」

そういうと彼女は自分の車に乗り込み、走り去っていった。気分を害させてしまったと思い、私は数日後に改めて彼女に連絡を入れたが……。

一瞬だけ電話が繋がったものの、すぐに切れてしまう。

彼女の消息は、それから掴めていない。私が知っているのは走り去っていく彼女の車がやってきた方向とは逆の、山陽自動車道方向へ向かっていたこと。そして――。

電話越しにボコボコという不気味な音が、二~三秒流れた事実だけである。

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