悪霊の置き土産(広島県) | コワイハナシ47

悪霊の置き土産(広島県)

悪霊の置き土産

広島県出身のタレント、とめぞうさんは一九六九年生まれで現在五〇歳。長年、コメディアンや役者、MCとして元気に活動してきたが、二〇一八年の三月、突然、花粉症のような鼻水と鼻詰まり、倦怠感などの体調不良に悩まされはじめた。

市販の薬は効かず、医者に診てもらっても原因不明で匙を投げられて困じ果てていたところ、さらに、夜中に眠ったまま大暴れするようになった。

彼自身には覚えがないのだ。しかし朝になると乱暴狼藉の跡が残っていた。

妻によれば、何の前触れもなくヌッと立ち上がって、寝室の椅子やゴミ箱を蹴り倒したり、奇声をあげて飛び跳ねたりしたのだという。週に三、四回もそんなことがあるので、妻は別の部屋で寝るようになってしまった。

こういう状態が一年も続き、とめぞうさんは次第に衰弱してきた。そんな折、異変が始まったのと同じ三月に、出演しているラジオ番組の相方から浄霊を勧められた。相方は霊やお祓いといったオカルトチックなことを好む性質ではなかったので意外に思ったが──。

「霊視や浄霊をする知り合いが急に連絡してきて『あんたの友達で太っとって眼鏡を掛けとる、人を笑わすことを得意としとる人はおらん?きっと困っとるはず。力になれる思う』て言いよるんだけど、心当たりはとめぞうさんしかおらん!」

特徴を正確に言い当てられたと聞いて、すぐに引き合わせてもらうことにした。

次の休日に相方に案内されて訪ねると、ごく普通の民家で「休日のお父さん風」の五〇歳前後の男性が待っていた。非常に控えめな態度で、「普段は会社に勤めとって、こがいなこたぁボランティアじゃけぇ、御礼は受けとらん」と言うと、さっそく施術を始めた。

どんな方法かというと、とめぞうさんを椅子に座らせて、首の付け根から肩甲骨の辺りを両手でゆっくりと撫でるだけ……。劇的な仕草は一切せず、道具も使わない。しかし撫でられるうちに、一〇〇キロ近いとめぞうさんの身体がなぜか後ろに倒れていくではないか。

スーッと後ろに上体が傾く度に、男性に押し戻された。これを二時間も繰り返した。

最後に、「邪悪な霊が憑いてたけぇ、出ていくときに悪戯するかもしれん」と警告されたが、夜、眠るまでは何事もなかった。

しかし朝起きたら、左足の脛に、まったく覚えがない拳大の火膨れが出来ていた。

不思議なことに痛みはなかったが、病院で診てもらうと皮膚移植が必要なほどの重度の低温火傷で、完治するまで三ヶ月以上を要した。

これが悪霊の悪戯かと思い、あの男性に電話で報告したところ、こう言われた。

「悪霊は置き土産をするものなんじゃよ」

厄祓い(広島県)

タレントのとめぞうさんの父は、アルコール中毒で家族に暴力を振るう人だった。

とめぞうさんも子どもの頃から散々殴られ、暴れる父の姿を嫌というほど見てきた。幼い頃はそんな父が怖かったが、長じるに従って恐れが軽蔑に変わり、父を突き放すようになった。独立してからは関わりを断って、父が癌で入院したと聞かされても無視していた。

父は胆管癌で半年間、闘病生活を送った。その間ずっと「とめぞうに会いたい」と母に訴えていたそうだ。とめぞうさんは母からお見舞いに来てほしいと乞われても説得に応じず、危篤の知らせを受けたときも敢えて仕事に行った。

父は、まだ意識があるときに、とめぞうさんへの伝言を母に託していた。

「わしは普通にゃあ死なん!何か形を残す!」

通夜の席でそれを聞かされたとめぞうさんは、父の自分に対する思いの強さを知り、臨終に立ち会わなかったことを悔やんだ。

それというのも、父が息を引き取った日は、彼の満四〇歳の誕生日だったのだ。

つまり彼が数えで四一歳の前厄を迎える、ちょうどその日に父は死んだわけである。(※)

こんどからは誕生日が巡ってくる度に、父のことを一抹の後悔と共に思い出さないわけにはいかない……。

そう思っていたところ、それから妙にツキが回ってきて良い仕事が回ってくるようになった。本厄の年も無病息災、商売繁盛で乗り切った。

父の死から好運が続いているので、とめぞうさんはこう思った。

──親父のヤツ、わしの厄を抱えて、彼の世へ旅立ってくれたんじゃのぉ。

来迎

とめぞうさんの祖父が末期癌で入院すると、高齢だったこともあり、もう死の床に就いたものとして家族の誰もが覚悟を固めた。

最後の二ヶ月は母が個室に泊まり込んで世話をした。とめぞうさんも頻繁に訪ねた。

祖父の身体は救いようがなく傷み切っていたが、頭の方はしっかりしていたので、見舞えば必ず言葉を交わした。次第に元気を失っていく様を見るのは辛かったけれど、祖父は子や孫に囲まれていつも満足そうだった。

そんなある日、祖父が珍しく変なことを言いだした。

「今、初めて話すが、誰かがわしの方を遠いぃとこからずうっと見よる。その人が、だんだん近づいてきたようなんじゃ」

……ついにボケてきてしまったか。とめぞうさんは悲しかった。

「遠いぃって、どこから?寝とるじいちゃんを誰かが覗き見しとるってのかい?」

「誰かが、この建物のどこかから、壁を透かしてこっちを見つめとるんじゃ」

傍にいた母が黙ってこっちを見て首を振った。それで、とめぞうさんは祖父を問い詰めるのをやめた。鎮痛薬のせいで幻覚や幻聴が惹き起こされているのだろうと考えた。

それからも祖父の奇妙な言動は続いた。

「とうとう、この個室の中を覗き込むようになったよ。誰なんじゃろ?」

その頃には、もう臨終間際だとわかっていた。

母が祖父に聞こえない所でとめぞうさんに言った。

「昨夜、じいちゃんが誰かと話をしはじめたんじゃ。だあれもおらん方を向いて熱心に話しかけとった。今夜も同じことが起きると怖いけぇ、とめぞうも一緒に泊まっとくれ」

そこで、とめぞうさんも祖父の病室に泊まることにして、やがて夜更けとなった。

祖父はぐっすりと眠っていた。母ととめぞうさんはまんじりともせず、スタンドライトを一灯だけ点けて、それぞれに時間を潰していた。そろそろ眠った方がいいだろうと思いはじめたそのとき、祖父が急に話しはじめた。

「サクジくん、また来てくれたのか……」

嬉しそうな声で、祖父は見えない友人と会話を続けた。顔を見ると、目をしっかりと開いて視線を斜め上に向け、枕もとに佇んでいる誰かを見つめているかのようだった。

一〇分ほど「会話」すると祖父は再び眠り、二度と目を覚ますことはなかった。

葬儀の席で親戚の年寄りにその話をしたら、「サクジくん」というのは何年も前に死んだ祖父の親友だと教えられた。

使者

高齢の伯母が亡くなったとき、看取った伯父から、とめぞうさんはこんな話を聞いた。

死期が近づくと、伯母は人工呼吸器を気管支に挿管されて寝たきりになった。その頃には意識も絶えず朦朧としていて、問いかけても反応がないことが多かった。

もういつ逝ってもおかしくないというある日の深夜、突然、二〇歳を幾つも出ていなさそうな若い看護師さんが病室に来た。いっぺんも見たことのない顔だが、非常に美人だ。

「呼びました?ナースコールがありましたが」

「いいえ」伯父はナースコールのボタンに触ってもいなかった。

看護師は、眠っている伯母の顔をちょっと見て、立ち去った。

翌日の夜も、まったく同じことが起きた。

三日目の夜更けに、伯母が亡くなった。

伯父は、看護師長に、一昨日の夜と昨夜二日続けて若い看護師が来たことを話した。

「この病棟に、そんな看護師はおりません」

──看護師長にそう言われたんじゃ。じゃけぇ、あの若い看護師さんは幽霊じゃったに違いない。別嬪さんじゃったんだけどなぁ──

伯父は笑いながらそう言っていたのだが、とめぞうさんには、その看護師の存在が薄気味悪く思われた。

まるで黄泉の国から伯母を迎えに来た使者のようではないか。

しかし、伯母の一回忌の席で、伯父は「前言を撤回する!」として、「例の若い看護師さんは幽霊じゃなかった!」と言いだした。

「今朝、福山市の駅前で再会してね。わしを憶えとって、声を掛けてくれたんじゃ。私服じゃったけど、なにしろ美人じゃけぇ、すぐにわかったよ」

伯父は「看護師長にかつがれたのかなぁ」と苦笑いしていた。

看護師長がシフトを間違って記憶していたのかもしれない、と、とめぞうさんは考えた。

それから二日後、とめぞうさんの伯父は、心不全で急死した。

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