大川の龍(大阪府) | コワイハナシ47

大川の龍(大阪府)

桜ノ宮駅から大川に向かってしばらく歩いていくと、龍王宮と呼ばれる場所がかつてあったらしい。そこでは、済州島から移って来た人たちが祈りを捧げていたそうだ。

私は京橋に住んでいるので、一駅ほどしか離れていない龍王宮の場所は近くなのだが、その存在や情報についてはまるで知らなかった。

教えてくれたのは、同じ都島区内に住んでいる職業不詳の土井さんだった。

土井さんとはインターネットの掲示板で九〇年代の後半に知り合い、それから数年に一度会って、どうでもいいことを話すという関係が続いている。関係は長いが、彼女がどんな仕事をしているのかとか、年齢とか家族構成とか、何も知らないし、多分こっちのことも同じくらい知らないようだ。

そんな土井さんからこれは、十年ほど前に聞いた話。

「桜ノ宮の高架下を進んで、川沿いに行ったところに龍王宮と呼ばれる民間信仰の宗教施設があるって話、聞いたことあります?

そこで、女性が現世利益を願う占い『クッ』を行なっているみたいで、故郷の済州島とつながる水辺でないといけないんですって。

龍王宮が行政との問題で消えるかもと知って、気になって調べに行ったんです。そしたら聞いて下さいよ。もうそこにはなにもなかったんです。なにも」

「どういうこと?」

「自主的に立ち退きしたとかで、そこには人工のビーチが出来上がっていて、波打ち際で子供が手を浸して遊んでいたり、リア充っぽいビーチバレーをしている若者たちがいるだけだったんです。でもね、天満橋方面にずっと歩いていたら、川べりで拝んでいるお婆さんがいたんで、ダメ元で声かけたんです。それで龍王宮のことを聞いたんやけど、関係者ではなかったようで、ただここで祈りを捧げている人だということだけは分かったんです。

姉ちゃんの言う龍宮やかなんやかは知らんけど、大川には龍神様がおるよ。見したるから、川の水ちょっと飲んでみって、そのお婆ちゃんから言われて」

「水、飲んだんですか?」

私が驚いて聞くと、土井さんはこくりと頷いた。

魚の死骸が浮いていたり、酔漢が立小便をよくしている場所だ。近くに工場もあるし、ゴミも浮いていることが多い。あまり大川の水はきれいとは言い難い。

「飲んだら変な、いやあな臭いのゲップが何回も出て、海水と淡水が混ざっている流域だからか、水は塩辛くって凄い生臭かった。腐った塩辛と生ごみの絞り汁を入れたらあんな味の水かも。次は十万円やる言われても絶対に飲めない」

金魚の水槽と同じ臭いのゲップがお腹から何度も出てくるのと、変な胸焼けで気持ち悪くなっていた土井さんの横で、お婆さんが急に数珠を手になにか口早に唱え始めたそうだ。それは、土井さんが知っているお経のような文句でなく、モンゴルの喉歌のホーミーみたいな不思議な響きのある歌でも言葉でもない音を唱え、急に顔を上げると川を指さした。

「あっ」思わず土井さんは声をあげたそうだ。

川面からキラキラと光る白い棒のような陽炎が、すっと立ちあがるのが見えたからだ。

横のお婆さんを見ると、汗だくでとても満足そうな表情を浮かべていた。

「今日は姉ちゃんいいことあるで、あれが龍や」と教えられたそうだ。

大川には、鯉になった武将の伝説があり、その鱗が現在も東野田にある大長寺に残されている。

以前、大川の船頭から、鱗のついた手が水面からひょいと出て橋げたについた蟹をつまんで採っていった、と聞いたことがあるし、龍くらいいても不思議ではないのかも知れない。

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