深夜、木藪君は大分市内に向けて車を走らせていた。、
時刻は午前二時過ぎ。
高速を下り、見知った道に出る。すれ違う車もない。
空いた道路を進みながら、気だけが逸る。
早く目的地に辿り着きたかった。点滅信号、赤信号。全てが煩わしい。しかし安全運転を心がける。焦っているときこそ気をつけろ、だ。
(しかし、今日に限って)
その日は、出張で宮崎県の端に泊まっていた。
そこに、母親から「早く帰ってき。急に……」と言う電話が入ったのだ。
予想外の連絡は、まさに火急の用事であった。
何度目かの曲がり角を抜けると、大きめの道路に出た。
見覚えがある。
国道十号線だった。
しかし、この国道を使うと目的地には遠回りになる。
(間違ったか)
一度脇道へ入り修正を行う。
だが、その後も繰り返し国道十号線に出た。
(慣れた道なのに)
焦りのせいで間違えてしまうのだろうか。
一度路肩へ止め、カーナビを付けた。こういうときは機械の指示に従うのがベターだ。
〈次の交差点を右に……〉
案内に沿って進んだが、途中が自分が通ったことのない道になった。
結果、また十号線に出る。
カーナビですら間違えるのはおかしい。異常だ。
ウインカーを点け、もう一度道路の脇へ停車する。一度案内を切ろうとナビへ腕を伸ばした――そのときだった。
助手席側の窓が叩かれた。
完全に油断していたので思わず声を上げてしまう。
警察だろうか。それとも違う誰かだろうか。
叩かれた窓の方に顔を向けたが、誰もいない。
今度は、歩道側後部座席辺りの方から窓を叩く音が聞こえた。
確認するが、何の姿もない。
恐る恐る外へ出て、歩道に上がった。
窓を叩いたような人物は見当たらない。
ただ、ウインカーの明滅に照らされて、真新しい菊の花の花束とお供え物があった。
(こげんもの、あったか?)
普通なら運転中でも気がつく。しかし覚えがない。急に背中が寒くなる。
慌てて車に飛び乗り、逃げるようにその場を後にした。
途端に、カーナビが案内を始める。
〈次の交差点を左〉
設定を終えていたか。それとも解除し忘れていたのか。記憶にない。
ルートそのものは間違えていないようだが、無視をして自分の思うがままに進んだ。
その後は一度も国道十号線に出ることなく、何とか目的地に着いた。
時計はすでに午前四時前を表示している。
どれほど道に迷っていたのか。いや、今はそんなことを気にしている暇はない。
車を飛び出し、目の前の建物――産婦人科医院へ飛び込む。
彼を見つけた母親が叫んだ。
「あんた、遅かったぁ!……さっき」
妻と、初めての子供が命を落としたのは、数十分前だった。
後に分かったことがある。
妻と子供がこの世からいなくなる前日、彼の友人もひとり亡くなっていた。
交通事故だった。
現場は、あの夜、菊の花が飾られていた場所だった。