Kさんは幼い頃から魚捕りが好きだったという。
中学二年の春先、お父さんに連れられて和歌山県のある漁港に行った。
お父さんは車の中でビールを飲んで寝ていたが、Kさんはうきうきしながら大きな網を持って、防波堤の向こうのテトラポッドで魚捕りをしていた。
捕れた魚を持ってバケツのところに戻ると、浴衣ゆかたを着た坊主頭の男の子がひとり、しゃがんでバケツの中をのぞいている。
「ボク、魚好きか?」
そう話しかけると、顔を上げて、ニコッと笑う。
大きな目のかわいい子だ。
ずいぶん着古したような、よれよれの浴衣を着ている。白地に青い小さな十字の模様がたくさんある柄だった。
そんな浴衣を着ているせいか、今どきの子供のようには思えなかったという。
魚好き同士だと思うと、余計かわいく思えた。
「アイス、買こうたろか?」と言うと、笑いながら、うんと頷うなずく。
Kさんは防波堤の近くの雑貨屋に入って、棒付きのアイスキャンディを買った。バケツのところへ戻ると男の子はまだバケツをのぞきこんでいる。
「ほら、アイス」
男の子はとてもうれしそうに笑った。
「もっと魚捕ってきてあげるからな」とKさんは防波堤を歩きながら、魚のいそうな穴場を探した。
春先とはいえ、顔にあたる風はまだ冷たい。ふと、あの子は浴衣だけで寒くないのか?と思った。
振り返って見ると、いつの間にか男の子はいなくなっている。
まぁいいか、と魚捕りに夢中になった。
捕った魚を持ってバケツのところに戻ると、さっきの男の子がしゃがんでいる。
「ボク、寒ないのか?」
するとまた顔をあげて笑う。
その時、お父さんが防波堤の向こうから歩いてきて、そろそろ帰るぞ、と言う。
「わかった」と大声で返事して、ふとバケツを見ると、男の子がいない。
あれ?
お父さんが歩いてくる方にも男の子はいない。
反対方向は海に突き出している。
じゃあ、あの子はどこに行ったんだ?
周りを見渡したが海に落ちた形跡もない。落ちた音も聞こえなかった。
そういえば、バケツのそばでしゃがんでいる姿しか思い出せなかった。
どこに行ったのだろうと思いながら、お父さんと一緒に車に戻った。ドアを開けようとすると、自分が座っていた助手席に、大きなビニールの袋が置いてある。
何だろうとドアに手をかけたが、鍵かぎがかかっている。
それを見たお父さんも、「何や、それ。さっきまでそんなもんなかったぞ」と言う。
ドアを開けてもらって、袋の中を見た。
中には一匹の大きなウナギが入っていた。太さ五、六センチはある。Kさんは今までこんな大きなウナギを見たことがなかった。
そのウナギと一緒に、アイスキャンディの棒が入っている。
さっき男の子と食べたのと同じ棒だ。
あの子がお礼にくれたのかもしれない、と思った。
それにしてもあんな小さな子供が、どうやってこんなウナギを持ってきて車の中に入れたのだろう、と首をひねった。
気持ちはうれしかったが、あまりにもウナギが大きすぎて、持って帰ってもどうすることもできない。Kさんはお父さんと相談して、そのウナギを逃がしてやったという。