今から二十年ほど前の頃。役者のNさんは仕事の関係で京都で働いていた。
ある日の夜遅く、Nさんは仲間三人とともに遊びでドライブに出かけた。
車は〝清滝のトンネル〟に近づいていた。
この〝清滝のトンネル〟というのは元々車のために作られたトンネルではなく、単線の鉄道用トンネルを廃線後改修して車道のトンネルに転用したものなので、普通のトンネルとは少し違っている。トンネルの出入口までは往復一車線ずつある道が、内では一車線しかない。
このため、トンネル内は車一台通る幅しかないので、すれ違うことができない。
そのうえ、中はカーブが多く見通しが悪いため事故を起こしやすい。
この問題を解決するために、出入口に信号が設けられていて青で進入した車が通過しきるまで反対側は赤で停止させておくようになっている。
現在はオレンジ色のナトリウム灯のおかげで明るくなっているが、当時は灯の少ない真っ暗闇同然のトンネルであったという。
トンネルに入ったとたん、真っ暗なトンネルの先を中年男性とおぼしき人物がジョギングしている姿が見えた。
グレーの上下のジャージを着た後ろ姿がはっきり確認できたが、そのまますぐに先のカーブを曲がって見えなくなった。
車内の全員が奇妙に感じたのだろう。四人で顔を見合わせた。
時刻は午前零時を回っている。
地元の人やろなぁ?
当たり前や、こんな夜中やねんから。
こんな真っ暗で狭いトンネルをようひとりで走るなぁ、と口々に話した。
男性が曲がったカーブにさしかかった時、車内全員が驚いた。
さっきの男性が、またもやその先のカーブを曲がって見えなくなったからだ。
ジョギングの速度なら、さすがに追いついているはずだ。
速すぎんか?あのおっさん。
ちょっと変やな。
だいぶ変やんか、車より速いで。
どんなおっさんか見てみよか、と、運転手は速度を上げて、次のカーブを曲がりきった。
今度は無言で全員で顔を見合わせた。
ずっと先にジョギングの男性が見えたかと思うとまたその先のカーブを曲がって姿を消した。
…………あれは、速いとかいうのとちゃうぞ。なんやあれ。
おかしいと思ったとたん、別なことに気がついた。
車のライトも届かない闇の先で、男性だけは見えている。
最後のカーブを曲がりきると直線になった。その先に出口が見える。
男性はトンネルから出るところだった。
追いつける!と誰もが思った。
もうすぐ近づく、というところで、男性はトンネル出口からトントントンと階段を駆け上がるようにして宙を上っていく。
〝うそや〟と誰かがつぶやいた。
トンネルの天井で足が見えなくなったと同時に車も出口を飛び出した。
思わず振り返って見上げると星だけが輝いていた。