魚切ダム(広島市佐伯区) | コワイハナシ47

魚切ダム(広島市佐伯区)

広島は恐い人が多いというイメージが強いらしい。方言の圧が強かったり映画や漫画の影響だったりするのだろうが、正直、昔は暴走族やヤクザが多かった。だが広島は、原爆が落とされて孤児となった者も多かった。その中で生き抜いていこうとするならば綺麗事など言っていられない。褒められたことではないが、それだけがむしゃらに生き抜いてきた結果でもあると私は思う。

「チンピラと違ってヤクザは筋を通す。面子が何より大事なんよ」

友人の伝手により、かつて組織犯罪対策部――通称・組対〈ソタイ〉で長年働いていた三國さんに話を聞くことができた。

彼は白髪をオールバックにしており、潰れた耳や鋭い眼光から、失礼ながら「捕まえる側というより捕まる側」に見えてしまった。捜査上「それらしい様相」でなければいけなかったようで、現役を退いた後でも長年染みついたスタイルは直せなかったと笑う。

そんな三國さんから聞きたかった話とは、勿論オカルトの真相追究である。

その時、私はダムに纏わる心霊話を探っていた。建設中に亡くなった作業員や自殺者の霊が出没するのは全国共通、どこでも聞く話だが……広島は『暴力団が死体を捨てる場所として有名』という噂が多い。実際にありえるのだろうか。

「所謂過激派と呼ばれる者達は確かにおった。じゃけど極力、無駄な殺しはやりとぉないのが本音。それこそ処理が手間じゃけぇの」

血の跡や臭いは想像以上になかなか消えない。遺体の重さや大きさによっては一人で全てをこなすのは至難の業だ。人を集めるにも準備がかかる。

「とはいえ『見せしめ』が必要な場合も多い。裏の世界は舐められたら終いじゃ。昔は人体部位を他国に回して売りさばくこともしとったらしいが、今はそんな時代じゃない」

では結局、ダムに遺体を捨てるのはデマということだろうか。

「ないとも言いきれんが……そもそも何でダムなんって話。海に沈めたほうが確実なんは、小学生だって分かる。それにドラマとかで見るじゃろう?水死体ってのは腐敗が進んでガス溜まりを起こすと浮くんよ。そうすれば一瞬でバレてしまう。プロともなれば遺体を沈める前に臓器を全部引っ張り出す。下拵えが必要な訳よ」

話を聞きながら想像してしまった私は思わず顔をしかめた。それが三國さんには面白かったらしい。

「はははっ。まぁつまり、ダムや近くの山へ捨てるってのは『遺体が見つかっても良い』状態なんじゃないんかの」

それが、先程も話に出た『見せしめ』だろうか。

「ほうよ。刑事しとったら分かるが、日本において完全犯罪ってのは不可能じゃけぇ」

現代の闇を知る三國さんらしい話を聞くことができた。

「お兄さんは、そういう怪談噺を探っているんじゃって?」

てっきり馬鹿にされるのかと思いきや、三國さんは予想外のことを言い出す。

「実を言えば、わしも霊感あるんよ」

霊に纏わる体験をしたことがあるのだろうか。もしそうなら是非聞かせてほしいとせがんだ。

「お兄さんとわしを繋ぎ合わせた相手、そいつに昔話したことがあるんよ。ダムで見た霊の話。あいつ、それを覚えとったんじゃろうな」

三國さんは「ちょっと失礼」と煙草を取り出す。私は彼が吸い終わるのを待ち、改めて話を伺った。

「広島市佐伯区五日市に魚切ダムがある。昭和五六年に建設された新しいダムで、広島市の人口増加に備えて電力を確保するため建設費一六九億円を投じて作られたらしい」

魚切ダムといえば確かに有名な心霊スポットだ。戦時中の遺体処理場が近くにあり、全身の皮膚が爛れた霊や顔の崩れた霊が出るなどの噂がある。

「わしが駆り出されたのは、それこそ近隣住民から『夜中に男二人が女性を拘束してダムへ投げるのを見た』っちゅうタレコミが入ったからよ」

当時はバブル全盛期、裏では様々な犯罪が跋扈していた。

「管轄外ではあったが、放っておくこともできんでな。非番の日に現場へ出向いたんよ。遺留品や痕跡が残っとるかもしれんけぇ。そしたら若い男が立っとった。わしは、どうにもそいつのことが気になってのぅ」

男がいても何ら不思議ではないと思うが……。

「カメラも釣り竿も一切持たず、青白い顔してダムを見とったんで、自殺志願者かと思ったんよ。だから声をかけた。ダムは好きなんか?ってな。男は『別に』と言った」

だったら何の用で彼はダムまで足を運んだのだろう。

「それがのぅ……『彼女の面影を追ってきた』っちゅうんよ」

面影……?まさか、その彼女はダムで命を……。

「うむ。じゃが、話は単純じゃなく――」

昨年、男(以下A)は友人達と魚切ダムへ遊びに来た。そんな折、とある運転免許証を拾う。Aは、そこに写っていた写真の女性に恋をしてしまった。

それからAは毎晩、彼女の夢を見た。日に日に募る想いは私生活にまで及ぶようになり、せっかく受かった大学も次第に行かなくなった。友人との付き合いもなくなり、食事までもが喉を通らなくなっていく。

思いつめた彼は、とうとう免許証に書かれた住所へ向かったのだと言う。

しかし、残念ながら彼女の家は空き地となっており、何も情報は得られなかったという。

「わしはどうにも気になって、その免許証を見せてくれと頼んだ。しかし断られたわ」

独占欲の強い男だったのだろうか。ストーカー気質もあるような気がした。

「結局、男は同じダムで身を投げて彼女の元――あの世へ行こうと決意したんじゃろう」

そのまま見過ごしたりしませんでしたよね?と訊ねると、三國さんは「当たり前じゃ、わしは警官ぞ」と語気を荒くする。

「半ば強引に男を連れ出した。辛いことがあっても、酒飲みながら他人に愚痴りゃあ少しは気が晴れる思うたんよ」

私が不登校になった時、亡くなった祖父が強引に外へ連れ出してくれたことを思い出す。港まで車を走らせ、何も言わず水面を眺める。それだけのことだが、気持ちは楽になった。焦らなくていい、そう言われている気がして。

「見かけによらず、かなり酒に強かったみたいでのぅ。気が付けば、わしのほうが先に酔い潰れてしもうたがな。はっはっは」

思わずガクッとこけそうになるのを踏み留めた。

「目覚めると、向かいに座っとった男はおらんようになっとった。慌てて店員に訊ねると、迎えの人が来られて一緒に出られましたと言う。一人じゃないなら、まぁいいか。んじゃ、わしも帰ろうと立ち上がった時――男が座っとった場所が濡れておることに気付いたんよ」

……迎えの人に、濡れた席……?嫌な予感がする。

「漏らしでもしたんかと思ったが、ただの水じゃった。テーブルに置かれたグラスにゃ水が入ったままじゃったから零した訳でもない。それなら何や?わしは今一度、店員に訊ねた。迎えの人っちゅうのは、どんな人だったんかと」

亡くなった免許証の女性だった……と?

「正直分からん。わしは顔を知らんし寝とったからな。けど、おかしなことを店員は言うんよ。『全身がずぶ濡れで、通り雨でも浴びたのかと思った』とな。じゃけど、その店員が話してるのを聞いた店の店長は『そんな人は来てない』っちゅうわけ」

つまり……女性が見えた人と見えなかった人がいる。

「昔、どこぞで聞いたタクシー運転手の怪談を思い出したよ。夜中に気味の悪い女を乗せて、目的地に到着すると女は消えていた。シートを見ると濡れており、そこは女が身投げをした現場じゃった……つう話をな」

有名な話だ。怪談好きなら一度は聞いたことがあるはず。

その男性とは、それから会っていないのだろうか。

「会っちょらん。それからは男と会った時期になると毎年、わしは魚切ダムに顔を出すようにしとるんよ」

事故現場や心霊スポットに置かれていたものを持ち出し、呪いにかかる話も聞く。或いは、男が免許証を手にした瞬間から、彼の不幸は始まっていたのかもしれない。

「触らぬ神に祟りなしっちゅうことか。わしも気を付けんとな」

もう一つ気になる点がある。

三國さんは警察官という職業柄、ダムで自殺した女性の素性を調べ上げることもできたのではないか?そんな疑問を口に出した瞬間、先程まで明るかった三國さんの表情がガラッと変わる。

「たった今、わしが言ったことをもう忘れたんか?調べんな。分かったか?」

圧の込められた視線に気圧され、私は無言で頷く。

恐らく――三國さんは私に言われるまでもなく、消えた男や免許証の女性を追ったのだろう。そして、何らかの事態に巻き込まれた。どのようなことかまで教えてくれなかったが、これ以上の詮索はやめておこうと思う。

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