霊道(広島県内) | コワイハナシ47

霊道(広島県内)

この場所は地元でも極々一部しか知られていない心霊スポットである。なぜそこを知ったかは全くの偶然で、「心霊スポットに行くと霊が憑きやすくなる」という噂は、或いは本当なのかもしれない。とはいえ、警察を呼ぶ事態になるとは思いもよらなかったが。

当時、私は繁華街にあるネットカフェで働いていた。主に深夜枠で店長代理の業務をこなしていたが、その店には『独自の決まり』が二つあった。

一、『備品倉庫に一人で入ってはいけない』

二、『備品倉庫隣の部屋にお客様を入れてはいけない』

これは私が入社した時から言われていた。備品倉庫へ行く際は二人組で、扉は閉めず用が終わるまでもう一名が外で待っておくというもの。

だが備品倉庫とは名ばかりで、中に備品など置かれていない。店内は非常にお洒落な造りだが、倉庫内は酷いもので、壁はボロボロ、床は木片や得体の知れない残骸で足の踏み場もなく、正に異様としか言いようのない空間だった。

倉庫に入った瞬間、窓もないのに冷たい空気が肌にくる。霊感があろうとなかろうと「あそこには近付きたくない」と誰もが思う。

不思議なのは、人によって空間認識に差が出ることだ。実際は八畳程の広さなのだが、スタッフによっては「その倍は広い」「思いきり手を伸ばせば指先が届く程に狭い」と感じ方がバラバラ。私も入室する度に、エレベーターへ乗った時のような奇妙な浮遊感に襲われていたのを覚えている。

では、なぜ隣の部屋にお客様を入れてはいけないのか。それは毎回クレームが発生するからだ。決まって深夜、ロビーに電話がかかってくる。

『隣の部屋で大勢が騒いでいる。うるさいからやめさせろ』

倉庫には鍵が閉められているので人はいない。だが、その説明を行う訳にいかないので、謝罪をして別部屋に移ってもらう他なかった(ネットで拡散でもされれば私がオーナーに大目玉を食らってしまう)。

そんなある金曜の深夜、サラリーマン風の男性が入店してきた。当時はネカフェ難民という言葉も流行するほど盛況で、週末ともなれば全室埋まるのが常であった。その日もあいにく満室ですと断ったのだが、倉庫の隣部屋を指差され、「ここが空いているじゃないか」と言われてしまう。

「その部屋は防音設備に不具合がありまして、PCも置かれていませんので」と説明する。無論、やんわりとしたお断りのつもりだったが、男性は引かなかった。

「朝まで眠るだけだから問題ない。いいからとっとと案内しろ」

そう言われてしまうと、こちらも断る理由がなくなってしまう。私は仕方なく例の部屋へ男性客を案内した。

「決まりと言ったって、そこまで深く考える必要はないですよ」

他のスタッフの言う通り、男性から苦情が来ることはなかった。それから数時間後、退室の時間になっても男性は姿を現さない。店のルールで三〇分延滞まで待ち、声をかけに行く。

扉をノックし「退室のお時間ですが」と言っても反応はない。店内ではアルコールも販売していたので泥酔して起きない人は多かった。

私は「失礼します」と告げて扉を開ける。フラット席に横たわるお客様の背中が見えたので何度も呼びかけた。それでも起きないので私は男性の身体を揺らして起こすことに。

「お客様?お客様!」少し力を込めると男性の身体がゴロンとこちらを向く。

その表情は白目を剥き、口から泡を吹いていた。只事ではないと即座に気付き、確認をすると息をしていない。すぐにフロントへ電話、救急を呼ぶよう伝える。それまで何度も耳元で声をかけたり、過去に学んだ心臓マッサージを思い出しつつ行ったが、蘇生はせず……男性はそのまま帰らぬ人になった。

その後、大勢の警官が押し寄せ、店は大混乱。事情聴取や防犯カメラのチェック、現場を写真に収める際に「あちらを指差して立ってください」「後ろを向いて動かないでください」と指示を出され……心身ともにボロボロになって昼過ぎに帰宅した。

出勤までの数時間、少しでも睡眠を取らねばと思っていると、今度はオーナーから呼び出しが。再び店へ舞い戻った。

「これを見てみろ」

着いて早々、監視カメラの映像が映るモニターを見させられる。廊下と備品倉庫の扉、そして男性の亡くなった部屋が遠くに映し出されている。朝五時頃、手前から七十代くらいの男性がやってきて男の部屋へ入っていく。こんな高齢者、お客にいたかな……?思い出そうとしている最中、更に中年男性や女性が次々と男性の部屋に入っていくではないか。

「個室に団体客を通したのか?」

睨まれながら言われ、私は反論する。そもそも個室にこれだけの数、入れやしないはずなのだが……。

「だとしたら、この客達はどこからやってきて、中で何をしているんだ?」

そんなことは私に分かるはずもない。黙ってモニターを眺めていると、オーナーはとんでもないことを言い始めた。

「警察の捜査は夕方まで続くらしい。夜には終わってるだろうから、個室を調べておけ。何か分かればすぐに報告を上げろ」

嫌ですと言ってやりたいが、そうすれば私以外のスタッフがやることになる。人間関係を悪くしないためにも自分がやるしかない。

同日の深夜、私は休憩時間を倉庫隣の部屋で過ごしていた。一通り室内を調べても何も発見することができなかったので、実際に利用してみることにしたのだ。

先程届いた警察からの調査結果に目を通しつつ、コーヒーを飲む。

亡くなった男性は市内の会社に勤める三〇代未婚の一人暮らし。死因は心臓麻痺とのことだが、数か月に亘ってほぼ休みなく働いていた様子。過労死のようなものなのだろう。

確かに入店した男性の顔色は土色のように悪かったのを思い出す。ブラック会社に勤める者の末路かと思いつつ、明日は我が身だなと感じる一八連勤中の私。

活字を追っていると急激に瞼が重くなった。ほとんど眠っていないので無理もない。

腕時計のアラームをセットして仮眠を取ることにした。前日に人が死んだ場所でよく眠れるものだと思うが、睡魔には抗えない。

まどろみの世界を彷徨っている最中――突然、ドンという大きな物音が鳴った。

現世に戻され辺りを見渡す。変わった様子はない、けれど……。

再びドンという音がした。隣から壁を叩かれているような音だ。

しかし隣は倉庫、人はいるはずがない。けれども確かに音がしている。私はすぐにフロントへ連絡し、スタッフに来てもらった。

「どうされたんですか?」

事情を話して部屋に留まらせる。しばらく耳を澄ませていたが、スタッフは「何も聞こえませんよ」と言う。

「脅かそうとするのはなしですよ、ホラーとか苦手なんですから」

スタッフは持ち場へ戻っていく。だが、そんなはずはない。彼が来てからもあの音はずっとしていた。だとすればこれは……自分にしか聞こえていないのか?

私はフロントまで駆けていき、倉庫の鍵を取る。恐怖に怯えてなどいられない、現場を確認すれば分かることだ。いや、確認しないことこそが今や恐怖だった。

倉庫の鍵を使い、深呼吸の後に扉を開ける。相変わらずの冷気に背筋が粟だったが、そのまま室内へ一歩踏み入る。

何もないはずだった、そこには。あるはずも、いるはずもない。

しかし……そうではなかった。

狭い室内の中央に、見知らぬ男が俯き立っていた。あっと出掛けた声を寸でのところで呑み込む。なぜなら……背格好、髪型などが、昨日亡くなった男性によく似ていたからだ。

この世のモノではないことを、背中の痺れが知らせてくる。指先が震え、先程まで流れていた店内BGMが全く耳に入ってこない。

警戒しながら様子を窺っていると、ふいに私の横を〈別の何か〉が通り過ぎていった。頭の位置は動かさず視線だけで様子を窺うと、かなり年配と見受けられる女性だった。自分が通した客の中で、そのような人物はいなかった。

女性も男性同様に倉庫の真ん中まで進み、俯いたまま動かない。その内、中年男性、若い女性と狭い空間に次々と〈それら〉が集まっていく。

普通に考えれば溢れかえるはずだが、不思議とそうはならない。気付いたのは、いつの間にか最初の男性が消えていること。ある一定数になると最初にいた者から消えていくのかとも推測したが定かではない。なぜなら全てを見届ける前に、私が倉庫を飛び出したからだ。

扉を閉めた瞬間、自分の息が荒くなっていることに気付く。心臓の音がうるさく感じられて、身体が震えているのが分かった。

扉に縋りながら鍵を閉め、匍匐前進のような格好でその場から離れる。別部屋の注文配達を終えたスタッフが私に気付き「ど、どうしたんですか?」と声をかけてくれた。

肩を借りながら何とか休憩室まで戻り、出された水を一気に飲み干す。ようやく冷静さを取り戻し、私は今後のことを考えた。

このままにはしておけない。

『そりゃあ、霊道かもしれんな』

翌日、出勤前に知り合いの住職へ電話で連絡を取った。一部始終を話し終えた後、彼は〈霊道〉という単語を持ち出した。

話には聞いたことがある。霊が成仏するために通る道だと。けれど人に危害を加えたりするようなものだろうか。

『いや、そんな恐ろしいものじゃない。実際にお前は危害を加えられておらんし、亡くなった男性も過労が原因と判断されたじゃないか』

確かにその通りではあるが……どうも釈然としない。

『お前の働くネットカフェ、テナントの一角にあるとか言ってなかったか?恐らく三階以上の高さ、あと一キロ圏内に神社があるはずだ』

どちらも当たっている。店は五階、すぐ隣には神社があった。

『霊道は基本、高い場所にある。高ければ高いほど天界に近付くと思っているからだ。神社仏閣など神格の高い所へ集まるのも特徴と言える。強い力によって天界に導かれると思っているからだ』

言い方に棘があるように感じるのは気のせいだろうか。とはいえ死んでからも彷徨い続けるとは寂しすぎる。

『全ては生ききれなかったことへの後悔かもしれん。いや、思い残しとでも言うべきか……ともあれ解決するのは難しい。放っておくしかなかろう』

ふと素朴な疑問が過ったので訊ねてみた。霊になった彼等は、どこからやってきたのか。倉庫が霊道の終点だとすれば、その後はどうなってしまうのかだ。

『生前、最も思い入れのある場所が始まりとなる。自宅や病院、夜景の見える場所や会社など様々だろう。そこから霊道を辿る訳だが終点などない。お前は最初、狭い倉庫がなぜ一杯にならないのかと言っていたな。再び最初の思い入れがある場所に戻されるんだ。死を受け入れ、成仏するまで何度もな』

……では私が見たあの男性も、また明日の夜には倉庫に現れるかもしれないということか。

『俗にいう浮遊霊も、霊道を往く霊である場合が多い。見かけても、放っておいてやれ』

そんなものかと納得しかけた時、彼は『とはいえ――』と付け加えた。

『密集になるほどの霊道は聞いたことがない。得体の知れない感じがする、あまり関わるな』

最後は忠告を貰って通話を終える。さてオーナーに何と報告すべきか悩んでいると、職場のあるテナントビルに到着。いつもはエレベーターで五階まで行くのだが、ふと奥にある非常階段に目を向けた。

入社してから一度も使ったことのない階段。どこに出るのか気になるし、健康のために利用してみるかと向かってみた。

非常用扉を開けた瞬間、肌寒い風が吹き抜ける。同じ外であるはずなのに、明らかに様子がおかしい。明かりは非常灯のみ、壁はボロボロで床も金属片が転がっていた。

……この光景に、私は既視感を抱く。いや、まさか……。

階段を上る前に、私は吹き抜けになっている階段の上を仰ぎ見た。そして気付く。

三階辺りから、夥しい数の青白い者達が列を作っているのを。

恐ろしくなった私は、慌ててその場から逃げ出した。あのままだと私も生きたまま、どこかへ連れていかれそうな気がしたのである。

その後、転職した私は数年ぶりにかつての職場へ顔を出してみようと思った。しかし既に店は潰れており、中に入ることはできなかった。では非常階段はどうだろうと思ったが、そちらは今も存在している。確認すべきかと考えたが、関わるなという住職の言葉を思い出し引き返した。

本当に危険な心霊スポットは、その存在自体を隠されているのかもしれない。

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