沙美海岸(岡山県倉敷市) | コワイハナシ47

沙美海岸(岡山県倉敷市)

沙美海岸は海水浴場として日本最古、更に〈日本の渚・百選〉にも選出され毎年多くの海水浴客で賑わう岡山県屈指のリゾートスポット。

瀬戸内海の穏やかな海と白い砂浜に囲まれて尚、私の心は沈んでいる。

理由は、あの不思議で不気味な記憶を思い出してしまうから。

そう、ここは同時に地元でも有名な心霊スポットでもあるのだ。

当時大学生だった私が期末試験を終えて休憩所で一段落していると、友人のヤマさんが声をかけてきた。隣には知らない女性が立っており、私に向かって会釈をする。この時点で既に嫌な予感はしている、どうせまた厄介事だろうと。一度でいいから「トシのことが好きだっていう女性を連れてきた」とか言ってくれないものだろうか。

「こちらは一回生の新垣さん。トシに相談事があるらしいぞ」

どうせ心霊に関することでしょと牽制すると、ヤマさんはニヤニヤとした顔で「いやぁ、それは聞いてみないと分からないぜぇ?」と言う。ま、まさか妄想が現実に?

「私が所持している写真に、おかしなものが写り込んでいて……悩んでいます」

やっぱりじゃないか。ドキドキを返せ。

隣で笑いを堪える男を無視し、私は場所を変えて話を聞いてみた。

「――今年の夏に沙美海岸という海水浴場へ行ったんです」

参加者は新垣さんを含めた女性三人に男性二人。

メンバーの一人、古賀さんは新垣さんが大学で最初にできた女友達らしい。

「彼女は九州出身で私も幼い頃に過ごしたことがあったため、それがきっかけで仲良くなりました。けれど古賀さんは不登校となり自宅へ引きこもるようになってしまったんです……」

原因が何だったのか聞いたが、言いたくなさそうだったので止めておこう。

「参加したもう一人の女友達、橘さんが彼氏と海へ行くと聞いたので私と古賀さんも参加していいか頼んだんです。少しでも彼女の気分転換になればと」

「女性の人数が多くなるし、運転手役に車を持っている男を誘った訳だな」

よく古賀さんも参加を決めたものだ。きっと新垣さんの優しさが伝わったのだろう。

「……いや、伝わらなかった。なぜなら古賀さんはその日、沙美海岸で自殺をしたからな」

――一気に空気が重くなる。一体なぜ、そんなことに。

「古賀さんは一言も喋らずに私服のまま、遠くの海ばかり眺めていて……誘った手前、やっぱり心配でしたからずっと傍にいました。夕方頃でしょうか、橘さんがそろそろ街へ戻ろうと言ってきて。私はすぐに着替えて戻ってくるつもりでした。更衣室から出ると周りの人達が騒いでいて……若い女性が服を着たまま海に飛び込み、意識がないって……」

すぐに救急車で運ばれたが、彼女は帰らぬ人となる。自宅に遺書が残されていないか御家族が探したというが、結局発見されていない。

つまり古賀さんは最初から自殺するために参加したということだろうか。

「可能性は高いが、問題はそれだけじゃないんだ。最初に言っただろう?相談の内容を」

そういえば、写真におかしなものが写っているとか……。

「帰る前に皆で撮影したものです。古賀さんは、かなり嫌がっていましたけど」

新垣さんは一枚のポラロイド写真を取り出す。それを手に取り、じっくり眺めてみる。

中央には幸せそうな男女が立っている。橘さんと彼氏だろう。その隣に立つチャラそうな男と、困った顔の新垣さん。端で俯いているのが古賀さんか。

「古賀さんの身体にだけ、赤みがかった灰色のような煙が巻き付いているよな」

これは一体何だろうか。逆光?機材の問題?だがヤマさんは頭を左右に振る。

「よく見ると、手が巻き付いているように見えないか?」

言われてみれば……心霊写真かどうか判断できないが、不気味なことに違いない。

「それから数分後に古賀さんは海へ飛び込んだ。沙美海岸は海難事故も多いと聞く。果たして自殺か、それとも亡霊の仕業か……」

不安ならお祓いをしてもらえばいいと思うが、何を悩む必要があるのだろう。

「皆が手放したほうがいい、お焚き上げや奉納をしてもらったほうがいいと言うんです。ですが古賀さんとの写真はこれしかなくて、私としては手放したくありません」

「それで、これが本当に心霊写真なのかどうか調べてほしいということだ。トシの知り合いに除霊に強い住職さんがいらっしゃるだろう?」

成程、話は理解した。そういうことなら頼んでみよう。

「だがまぁ、その前にやれるだけのことはしておくべきと思うのさ」

……嫌な予感が再び私を襲う。こういう時の予感は当たるのだ。

「四九日も近いので沙美海岸に献花へ向かうつもりだったんです。橘さん達も誘ったのですが断られました」

「同じ大学の生徒が沙美海岸で自殺したって話は、結構裏で騒ぎになっている。俺も気になったもんで、情報を集めていたんだ。その最中に新垣さんと知り合ってな……」

……今に至るという訳か。

「丁度いいと思ったのさ。新垣さんの悩み事も解決できるかもしれないし、俺達もまだ行ったことがない心霊スポットで調査ができる」

相当不謹慎な気持ちは否めないが、新垣さんが悩んでいることは間違いない。できる限り人助けはしておくべきだと思う。それが巡り巡って自分のためになるからだ。

私は了承し、ヤマさんにいつ現場へ向かうのか訊ねた。

「え?今すぐ出発するぞ」

既に車の準備をしていると言う。もはや私の意見を聞く気だったのか疑わしいレベル。

……いや、あまり深くは考えないようにしよう。

道中、花を買ったり食事を摂ったりしながら沙美海岸へ到着。既に陽は落ち、辺りは真っ暗だった。

事前に準備していた懐中電灯を手に、まずは写真撮影を行った砂浜へ向かう。

時期的には人がいてもおかしくないはずなのに、なぜか人の気配がない。海の家で働く方から話を伺うと、どうやら台風が接近しているのだとか。どうりで風が強いはずだ。

「ここで間違いないよな?」

写真を照らし合わせながらヤマさんが言う。とはいえ周囲は闇のため、なかなか確認が難しい。けれど新垣さんが「はい、ここです」というので間違いないだろう。

「とりあえず写真を撮ってみるか」

ここで問題が生じたのは誰が写るか。もし煙のようなものに包まれていたらと思うと、正直恐ろしい。

とはいえ女性に危険な役回りをさせる訳にはいかないので、新垣さんにカメラマンをお願いする。「私がお願いしたのに、すみません」と申し訳なさそうな彼女に対してヤマさんは笑顔で「気にするな」と言う。女性慣れした人は凄い。

「では、このデジカメを使って数枚撮ってくれ」

言われるがまま、新垣さんは私達を撮影していく。わざわざポーズや表情を付ける必要もないのだが反射的に動いてしまうのは悲しい習性だ。

「よし、確認してみよう」

少しドキドキしていたが、煙は写っていない。

その後も数枚、海を撮影して終了とする。新垣さんもほっと胸を撫で下ろした様子。

「あそこの岩場が献花に丁度よさそうだ」

ヤマさんの指示する場所に花を置き、皆で黙祷する。合掌を解き隣を窺うと、眉間に皺を寄せて念じる新垣さんの横顔が見えた。波の音で内容までは聞き取れないが、真剣さは伝わってくる。

「……これで気持ちに整理がつきました。ありがとうございます」

深々と頭を下げる新垣さん。心霊検証とまではいかなかったが、たまにはこんな終わり方もいいだろう。そう思っていた。

――この時点では。

翌日、大学が休校だったこともあり私は住職の元へ向かった。ヤマさんのデジカメを借り、念のために画像を確認してもらうのが目的である。

住職は私が沙美海岸で撮影したものだと告げると、途端に神妙な面持ちになった。一つ一つ丁寧に画像を確認した後で、ふぅと息を吐く。

「最初に言っておきたいことは、撮影されたものの中に霊が写り込んでいる」

いきなり告げられて私は思わず「えっ」と声を上げてしまった。

「この箇所を見ろ」

じっくり観察すると……なぜ今まで気付けなかったのだろう、確かに海の中から覗き込む女性らしき顔が。

「だが悪霊の類ではない。恐らく呼び寄せられたのだろう」

一体誰に、と訊ねようとして私は思い止まる。

「最初に赤の混ざった灰色のような煙が女性に纏わりついていたと言ったな」

引きこもりとなり気持ちが沈んでいた古賀さんに憑こうとする悪霊ではないかと私達は思っていた。

「逆だ。彼女の強い怨念に周囲の霊が反応し、集まってきたのだろう」

そもそも引きこもる原因を私は聞いていない。彼女はなぜ、新垣さんの誘いを断らなかったのか。

「撮影者を呼べ。事情を聴きたい」

私は急いでヤマさんに電話をする。彼には今日、住職の元へ向かうことを伝えていたためか三コールで電話に出てくれた。

『もしもし、どうした?』

私は撮影したものの中に霊が写っていたことや、煙の原因が古賀さんの怨念から生まれたものだったと伝える。

『……ちょっと待て。それって、つまり……』

新垣さんや橘さん、またはその彼氏と話ができるか訊ねてみた。ヤマさんは『分かった、後でこっちから連絡する』と言って一旦電話を切った。

――それから一時間くらい経過して、ようやくヤマさんから電話がかかる。

『ダメだ、三人とも捕まらない。その代わり、ちょっとよくない話を聞いた』

どんな話を聞いたのか教えてもらう。

『古賀さんと一緒に海へ行った時のメンバーに運転手の男がいる。そいつから聞いた話で、どこまで真実か分からないが……橘の彼氏、かなりのクソ野郎だったらしい。新入生をサークルの体験入部に誘い、強制参加の打ち上げで女を泥酔させて襲っていたとか』

信じられない話だ、完全に犯罪行為ではないか。

『いつも違う女とヤッてるとか自慢げに話していたようだな。本人は遊んで捨てた相手をいちいち覚えていないだろうが、過去に古賀さんとよく似た女性を引っかけていたのを運転手の男が覚えていた』

よく似た女性、ということは違う可能性だってある。

『確かにそうだ。けれど……どうやら古賀さんは中絶をしていたらしい』

――なんだって?話が急転して思考が追い付かない。

『大学を休み出したのも時期的なことを考えれば辻褄が合う』

つまり古賀さんは入学早々、橘彼氏に強姦され妊娠してしまった。ショックや不安から自宅へ引きこもり、ついには子供を堕ろしたということか……?

『ただな、それは新垣さんも知っていたはずなんだ。大学内で女遊びの激しい男を探っていたようだし』

親友を傷つけた相手と接近を試みた、と……?

『責任を取らせる、或いは話をしたかっただけかもしれない。けれど橘彼氏は古賀さんの顔すら覚えていなかった。その時の彼女の心情など、俺には想像も付かない』

終始浮かない表情で沈み込んでいた古賀さん。けれど写真を撮影した際、内に秘めた怨念が溢れ出し、霊が集まってしまう。

『ポラロイドだから、その場で写真は確認できる。自分を覆う禍々しい煙、最初に俺は言ったよな。それが手のように見えないかと。人は想像する生き物だ。古賀さんがその煙をどのように捉えたのか……もしかすると、亡くなった子供が自分を誘っていると思ったのかもしれない』

死人に口なし、確認を取ることは不可能だ。けれど思いを受け継いだ者がいる。

献花の際、新垣さんは険しい表情をしていた。更に彼女は告げていたではないか。

――これで気持ちに整理がつきました、と。

写真をどうするべきか、その悩みに整理が付いたのかと思っていたが実際は違う。

彼女が整理を付けたのは……親友を殺されたことへの復讐だ。

『人手を増やして、何としても見つけ出すさ』

そういってヤマさんの電話は切れた。

「……どうした、身体が震えているぞ」

住職に言われるまで、私は自分の様子にすら気付けなかった。

後日談となるが、未だに新垣さんと橘彼氏の姿を私達は発見できていない。

橘さんは部屋で眠っていたそうで、ヤマさんの連絡には気付かなかったと言う。

「夜中まで彼氏と電話してたら、突然誰か来たみたいだって言って。ちょっと見てくると言って離れたっきり戻ってこなかった。気付いたら私も寝てて、電話も切れてた」

その後、貰っていた合い鍵を使って彼氏の部屋に行くが照明もテレビもついたまま、財布や携帯も置いて姿をくらました様子。

あの日、彼氏宅へ訪れたのは新垣さんだったのだろうか。

彼女は親友の復讐を果たすことができたのだろうか。

私は恐ろしい。沙美海岸を眺めていると、赤みがかった灰色の煙をまとう彼女達が水面から現れそうな気がして――。

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