関川荘(広島市安佐北区) | コワイハナシ47

関川荘(広島市安佐北区)

夏の暑さも本格化してきた頃、実家で長期休暇を過ごしているとヤマさんから連絡がきた。

『せっかくの夏休みなのにダラダラと過ごしているんじゃないか?』

図星で何も言い返せない私に、ヤマさんはある提言を行う。

『こんな時は、避暑地に赴くのが一番さ』

北海道や軽井沢にでも連れてってくれるのだろうか。

『いいや、近くにいい場所がある。何とトシの地元――広島に』

その情報を聞いてヤマさんは広島にやってきたらしい。明日には岡山に帰るが、時間ができたので私をわざわざ遊びに誘ってくれた様子である。

『車で来ているから、遊んだ後は一緒に岡山へ送っていくぞ』

新幹線代も馬鹿にはならないので、その申し出はありがたい。そろそろ一人暮らしに戻りたいと思っていた所でもある。

私が承諾すると、ヤマさんは『じゃあ夕方頃にそっちへ向かうわ』と言って電話を切った。だが、支度を行っている最中に私は気付くべきだった。なぜ、その時間なのかを。

ヤマさんと合流した後、私はヤマさんにどこの避暑地に向かうのか訊ねてみた。

「白木って所だ。知っているか?」

私の母親は子供の頃に白木に住んでいて、今も親戚がいるので何度か行ったことがある。白木山や三篠川(みささがわ)があり、確かに避暑地としてはピッタリかもしれない。

だがなぜ、白木なのだろうか。ヤマさんとの付き合いも長いので、彼が意味もなくそんな場所を選ぶとは考えにくい。そういえば最近、釣りにハマッていると言っていた。夜釣りでもするつもりなのだろうか。

高速道路へ進入し、車内に流れるBGMがバラード調となったのを契機にヤマさんは話を続ける。

「その白木に、関川荘というレジャー施設があってな」

残念ながら聞いたことはない。名前から予想すると食事や宿泊ができそうだ。そんな所へ行くとは思わなかったので財布の中身が心配になる。

「ああ、言い間違えた。元・レジャー施設があってな」

……言い間違え?

「そこが有名な心霊スポットらしいんだ」

……己の学習しない性質が嘆かわしい。生まれ変わったら勉強を頑張ろう。現世はもはや諦めるしかない。

後悔した所で物事は走り出している。もう腹を括るしかない。とりあえず、その関川荘がどんなスポットか説明してみろよオイ。

「はっはっは、苛々すんなって。えーと関川荘は昭和三〇年代に広島の資産家が開設した施設で、御察しの通り日帰り入浴や料理を堪能できたらしい。いつ閉業したのか定かではなく、持ち主の所在も不明」

夜逃げでもしたのか、それとも何らかの事件に巻き込まれたのか……気になる所だ。

「建物内では女性の霊を見たという情報が数多く寄せられている。とはいえ、現場で死者が出たという話は一切出てこなかった」

毎度の如く、行ってみなければ分からないってことか。

「そういうことさ。現場百遍って言うだろう?」

全くいつから我々は警察官になったんだ。残りの九九遍には一人で行ってもらうとしよう。

様々な心霊スポットへ訪れて度々思うのは、なぜこんな場所に施設を建てようと思ったのかという感想である。周囲が鬱蒼とした樹々に囲まれ、突如として現れたのは錆びた鉄門。進入禁止の看板や有刺鉄線などはなく、更に錠前は外されたままで出入り自由の状態となっていた。いくら門があるからとはいえ、不用心すぎる気もする。

車を停め、懐中電灯を照らして先へ進む。落ち葉の敷かれた道を進むと、ドドドドという物音が気になった。

「トシ、小さな滝があるぞ」

確認すると確かに子供が水遊びするのに丁度よさそうな小滝が見えた。客引きのため、人工的に造られたという感じではない。

「目的地は、こっちだ。進もう」

ヤマさんの後を追っていくと、すぐに関川荘は姿を見せた。窓には板が打ち付けられ、建物自体が若干傾いでいる感じがする。金持ちの建てた別荘、というのが第一印象だった。

「建物内を見てみよう」

扉が壊れ、開いたままになっているので、中を覗けば容易に確認できた。天井が崩れ落ちたようで、木片がぶら下がり床にも穴が開いている。これはもう中へ入るのは危険と判断した。

「外に二階へ続く階段がある。ここは平気そうだぞ」

そっちの様子も見てみようと階段を上っている最中、階段の隙間からこちらを見つめる目のようなものが見えた。びっくりして体勢を崩す私に、前を行くヤマさんが「どうした?」と声をかける。事情を話すと、ヤマさんはその階段を覗き込む。

「……何もない、というか……高さは二メートル以上あるぞ。ここから覗こうなんて常人の背丈では無理があるな」

ならばやはり見間違いなのだろう。気を取り直して私達は二階へと進んだ。

「ここまで酷い状態になるものか?まるで戦前の建物って感じだぞ」

確かに荒らされたというより勝手に壊れた印象がする。恐らく欠陥建築だったのだろう。経営が悪化していなかったら、営業中に天井が崩壊した可能性もありえる。不幸中の幸いと言えるかもしれない。それより……。

先程からずっと誰かに見られているような感覚があった。視線の先を追うように何度も周囲を見渡すが、当然私達以外に誰もいない。

「トシ?どうした?」

ヤマさんに声をかけられ、何でもないと答える。どうやら彼は何も感じていない様子。ならば怖がらせる必要もないし、私の気のせいという場合も。

「一通り中は見たし、数枚写真を撮って車に戻るか」

そうしようと伝えて二階から出た時、遠くに存在する『何か』に気が付いた。

暗闇の中にぼんやりと浮かぶ白い女性……。それがこちらを覗いているかのように私には思えた。

今そこに誰か立っていなかったか?

訊ねると、ヤマさんは「何?どこだ?」と言って懐中電灯を向ける。

「人じゃないが……道のような感じになっているな」

言われて一緒に下へ向かうと、脇道を発見。周囲に警戒しつつ先へ進むと小屋のようなものが現れた。

「トイレ、だな。変わった形をしている。和式便器も……なんだこれ。狭すぎるぞ」

次の瞬間、私の身体に異変が起こった。背中に激しい痺れを感じたのである。過去の経験で私は知っていた。この状態は良くないことが起こる前触れだということに。

「向こうにもボロボロの車が放置されているぞ。どうやらここが、かつての関川荘駐車場だったのでは――って、トシ大丈夫か?」

こちらの様子がおかしいことに気付いたヤマさんが心配をしてくる。嫌な予感がするから早くここから離れようと言うと、彼も「分かった」と頷き、急ぎ数枚だけ写真に収めると現場から離れた。

戻る道中、私の心臓は早鐘のように打ち続け、時折呼吸の仕方を忘れそうになっていた。足元が覚束ない私に肩を貸してくれていたヤマさんが「少し休んだほうがいい」と言ってくれた。どこか座れる場所はないかとキョロキョロしながら辿り着いたのが最初の小滝地点。

私は岩に腰掛け、流れる水の音を聞きながら、呼吸を整えることに集中した。一定のリズムを刻む滝の音が良かったのかもしれない、少しずつ鼓動も落ち着いてきた。

もう歩けそうだから行こう。声をかけ立ち上がったところで、ヤマさんの様子がおかしいことに気付く。どうかしたのかと訊ねたが、彼は無言で私の肩を掴むと、再び歩き出す。

その後、何とか車へ到着しても私達は一言も喋ることはなかった。現場から離れ、ようやく市街地まで戻ってくると、ヤマさんはコンビニに車を駐めた。そこで張りつめていたものを一気に解放するように「はぁぁああ」と大きな溜息を漏らした。そのままハンドルに額を押し当て項垂れる。

何かがあったのは、聞くまでもなく分かっていた。小滝から車へと向かう最中、彼の指先が震えていることに気付いていたから。問題は何があったのか、である。

「……水面に映り込む、白い服を着た女の姿が見えたんだ……すぐにトシが話していた奴だと気付いた……この世のモノじゃないってことにも……」

ハンドルから顔を上げ、今度は天を仰ぐように目を瞑って、独り言のようにヤマさんは話す。

「あんなにはっきりと見えるものなんだな……霊を見ることができたら、ああしてやるこうしてやると色々考えていた。しかし実際目の当たりにすると身体は硬直……自分の不甲斐なさを痛感したよ……」

無理もない話と思う。私だって恐ろしいのだ――。

「事前に調べたとおりに霊が出るとか、やはりあの場所には何か――」

その時、私は感じていた。そしてヤマさんは目にしたという。

再び訪れた背中の痺れと、コンビニの建物横からこちらを覗く、白い服を着た女性の姿を。

「――ッッ」

ヤマさんは車のエンジンを回し、一目散に駐車場から離れる。

私達はそのまま深夜にも拘わらず住職の元へと押しかけ、お祓いをしてもらった。こっぴどく叱られ、説教は朝方まで続いたが、正に自業自得。眠い目を擦りながら帰路へ就いていると、横を歩くヤマさんが話しかけてきた。

「心霊現象を実際に体験できた訳だが、今語っても与太話と思われちまう。この調子で回数を重ね、検証を続けよう」

全く懲りていない様子の彼に対して、今度は屈強な住職の拳骨が落とされるかもしれないと想像して私は別の意味で恐ろしく思った。

余談ではあるが、関川荘については今も事件が起こった事実など明らかになってはいない。だが、あの周辺は一部で有名な自殺スポットという噂も聞く。

もしかすると、あの時に見た女性の霊も……現場近くで亡くなり、今も関川荘周辺を彷徨っているのかもしれない。

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