「水子供養を知っているか?」
お世話になっている住職宅で、銘菓『大手まんぢゅう』に舌鼓を打っていると訊ねられた。
水子供養……確か亡くなった子供の冥福を祈る風習だったような気がする。
「そう、これは日本独自のものでな。本来『水子』は流産や死産など出生して間のない赤子を指していたが、現在ではまだ出生していない胎児のことを指す」
実際、私には流産した兄か姉がいたらしい。祖父母の墓の隣には、その子を供養する小さな地蔵が置かれている。昔は、今よりも流産や死産が多かったのだろうか。
「この水子供養、実は色々ややこしく……檀家でなければ引き受けない、死に対する捉え方が違うのでできません、と手続きまで辿り着けん場合も多い」
何とも嘆かわしい話だ。祈りぐらい自由にあげさせてくれればいいのに。
「困り果てた結果、人知れぬ場所に集い、独自の供養を行うケースもあったそうでな」
独自の供養……?どうも得体の知れない話になってきた。
「岡山市の高松稲荷に〈キューピーの館〉という場所がある。どうも過去に水子供養を行っていた場所で、今は放置されているのだとか」
さて、お腹も膨れたしそろそろお暇させてもらうとしよう。立ち上がった私の腕を掴み、住職は微笑みながら告げる。
「お前、好きだろう?心霊スポット」
太い腕に力が込められ、私の絶叫が木霊した。
車で現場に向かっている最中も私の気持ちは晴れない。それはそうだろう、住職と心霊スポットを巡るなど洒落になっていないからだ。彼の強い力に、霊が引き寄せられる気がしてならない。
「憑かれ祟られても安心しろ。除霊を施してやる」
前提がおかしいことに気付くべき。とはいえ、その心霊スポットに興味がない訳でもない。いつから私はこんな人間になってしまったのか。
「車では、これ以上先に進むことができそうもない。歩いて向かうぞ」
言われて車を降りるが、目の前は道なき山奥。本当にこんな場所に館など存在しているのだろうか。
先導する住職が藪を掻き分けながら進んでいくのを私は黙ってついていく。水のせせらぎが聞こえているので、近くに川でも流れているのかもしれない。
しばらく進むと、住職が「あれか?」と声をかける。目を凝らしてみると、確かに長い草木に覆われるような形で建物が姿を現す。
「……この支柱、ちょっと待ってくれ」
住職はそのまま奥へ進んでいく。目的地に着いたのにどこへ向かうのだろうと思ったが、すぐに理解する。ボロボロの鳥居を発見したのだ。
「最上稲荷大明神三光大明神――間違いなさそうだ」
鳥居の隣には倒された看板がある。
『お知らせ當山上に祭礼せる三光天王は参道山崩れに遭い修復困難なため、縁故の深い一乗寺の境内に移転、宝塔を建立し祭礼しました――』
山崩れ……道中、地面の所々に亀裂が入り歩きにくかったのはそういうことか。
住職は確認を終え「よし、さっきの場所へ戻ろう」と告げる。
キューピーの館は想像以上に荒れていた。今にも崩れそうな屋根、木片だらけの床に転がった賽銭箱、壁の一角には寄進者の奉名板が並ぶ。
「キューピーというか、人形の館だな」
天井にぶら下がったもの、床に転がったものを数えたら百体近いのではないだろうか。よく観察すると人形の足や袋の中に名前と年月日が書かれている。
「比較的、昭和四〇~五〇年代のものが多い」
私が気になるのは、天井と人形の首を紐で吊るすという発想。これではまるで――。
「没年と書かれたものは、一体としてないな」
どういう意味か訊ねようとした瞬間、私の身体に重くのしかかる感覚が起こった。
「これを持て」
渡されたのは数珠。住職は館の中央に立ち、通る声で読経を始めた。私も後方に立ち、合掌しながら願う。亡くなった子供達が次に生まれてくる時、元気で幸せに過ごせますようにと。
「……帰るぞ」
持っていた数珠を奪われ、こちらの意見も聞かず館を後にする住職。外は薄暗くなっており、確かに暗闇の中で道なき道を進むのは危険だ。
一切迷うことなく車を置いた場所まで戻った私達。助手席に身を沈め、ひと心地ついていると、エンジンをかけながら住職が訊ねてくる。
「随分と真剣に拝んでいたな。何か感じることはあったか?」
館にいる間は他の心霊スポットのような恐ろしい感じがなく、悲しく寂しい思いがした。なぜあの建物を放置しているのか分からないが、きちんと然るべき場所に祀り直してほしいと思う。亡くなった子供の霊が可哀想だ。
「忘れ去られることは、死ぬより辛いかもしれんな」
それにしても疲れた。足場の悪い山道をあれだけ歩いたから無理はない。明日筋肉痛にならなければいいが。
「安心しろ。最初に言った通り、施してやるから」
私は住職が何を言っているのか分からず首を傾げた。
『――憑かれ祟られても安心しろ。除霊を施してやる』
……まさか、先程から身体が重たい原因は……。
なぜ、その場ですぐに対処してくれなかったのか。恨めしげに責めると、住職はあっけらかんと言う。
「一体二体ならまだしもなぁ……」
それ以上は何も聞かないでおいた。戻って除霊を行ってもらうと、びっくりするぐらい身体が軽くなった。
「前に『不思議と子供や動物に好かれる』と言っていたが、確かにそのようだな」
笑いながら告げる住職を、私は思いきり睨み付けたのだった。