遠い親族(鹿児島県) | コワイハナシ47

遠い親族(鹿児島県)

鹿児島県と言えば、島津氏を思い浮かべる人も多いだろう。

鎌倉から江戸時代にかけて続いた薩摩の大名家である。

武事・軍事を尊び、勇猛果敢。

加えて、有能な歴代党首が多かったため「島津に暗君なし」と称されていた。

と言いつつ、籤で戦略や後継などの物事を決めていた事実もある。

が、戦国武将にはよくある話で、彼らは呪術も利用していたのだから当たり前の話だろう(島津氏は他にも風水や他の呪術も使っていた情報もある。詳細を書くには紙幅が足りないので割愛する)。

桑迫梢(くわさここずえ)さんは鹿児島県南部に在住の女性だ。

そして、島津氏の血に連なる……らしいのだが、それは嘘だと彼女は思っている。

根拠とされている母方の家系は始祖の辺りから怪しく、所々に粗があった。

確実なのは〈母親の家は薩摩の人間〉であることか。

ついでに調べてみると〈父親の家は日向国から出ている〉らしい。

どちらも所謂百姓をやっていたようだ。

とは言うものの、彼女の名字は鹿児島に多いもの(本文中の名字は仮名)だから、父親も薩摩と何らかの関係がある可能性が高いと思っている。

このような家の話をしている最中、彼女がある話を唐突に始めた。

――平成が終わる数年前、桑迫さんがまだ大学生だったときのことだ。

夜、母親の携帯に電話が入った。

口振りから相手が母親の妹、桑迫さんにとって叔母だと分かる。

最初は高い声で話していた母親が、急に声を潜める。

「そう……そうなの?亡くなったと?」

誰かに不幸があったらしい。

電話を切った母親が、桑迫さんの顔を見て、口を開いた。

「梢。仮屋園(かりやぞの)さんのとこの○○君が亡くなったと。まだ十八やったって」

名前を言われてもピンと来ない。説明を受けてもすぐ続柄が理解できなかった。

通夜や葬式に出なくてもよいが、香典だけは包むという話だった。

「仮屋園さんの家、また、死んだんだね」

母親が眉間に皺を寄せながら漏らした。

また死んだ――この仮屋園家に何があるのか。

こちらの問いに、桑迫さんが反応する。

そうなんです、この仮屋園の家、気になることが多いのです、と。

桑迫さんが知る限りの情報をここに記す。

情報元は概ね母親や親族からだが、一部は仮屋園一族から得たものである。

仮屋園家。

昭和中期に桑迫家の家からこの仮屋園へ嫁いだ人間が居たことで親族関係となった。

仮屋園の親族は鹿児島県と宮崎県、両県の所々だけに住んでいると言うことなので、元々南九州の家系なのだろう。

現在、桑迫一族と仮屋園一族はそこまで親しくないが没交渉というわけでもない。微妙な距離感の付き合いである、と言えた。

この仮屋園一族は早く死ぬ人が多い。

或いは、長生きをしても最後は酷い死に様を迎えることが多々あった。

中には産まれる前に死産となった子も居る。

対して、米寿を迎える寸前に自宅の庭で急に意識を失い、置いてあった庭石に頭部を強打して逝った人物も居る。

庭石で亡くなった人は病院搬送の途中、突然意識を取り戻し、耳を劈くような悲鳴を上げたとも聞く。救急車に同乗していた者が聞いていたが、五十年生きてきて、初めて聞くような絶叫だったようだ。

中には、何度も死に損なった形跡を残した二十代の人間もいた。

自宅内を吐瀉物や汚物、血液で汚し、そのまま二階へ這いずるように上がり、そこで何かを飲んでから首を吊って絶命していたらしい。

その際、安全カミソリや切れない包丁を使ったせいか、身体中に浅い切り傷が残っていた。出血量はそれなりであったが、死には至らないものだ。

どういうことか、顔だけは無傷であった。

状況が状況だから当然警察が入ったが、事件性なし、自殺であると結論づけられた。

他にも幾つか聞いたが、どれも異様な最後であった。

また、早くして亡くなった者の年齢に法則性はない。

十代から四十代までばらつきがある。

死亡理由もそれぞれ違い、事故や病気、次いで自殺の順で多かった。

老齢だと事故と自殺がほぼ同率で、病気は少ない。

どちらにせよ、仮屋園家にはいつも死が纏わり付いていたと言えよう。

このような仮屋園一族であったが、皆それなりに裕福な生活をしていた。

俗に言う〈高給取り〉が多かったのだ。

それに亡くなる人間が多数あったとしても、他に兄や姉がいたり、子を成してから亡くなったりと一族の命脈を保っているので、家が途絶えることはない。

だが、やはり早死や酷い死因を悩む人間が出てくるのは必然だろう。

仮屋園のある家が仏教のある宗派を改めて深く信仰した。

〈假屋園の血筋、そして自分たち家族を救ってくれ〉と。

ところが、それ以後、その家で立て続けに不幸が起こった。

まず祖父母がほぼ同時に認知症になり、施設へ入ることになった。

その後、その祖父が肺炎で先に死亡。少し間を開けてから、祖母は少し目を離しているときに転んで頭を打ち、亡くなった。

次に五歳の娘が病気に、その母親は女性特有の癌を患った。

家長である父親と高校生の長男、三歳の次男の三人には何もなかった。

他の假屋崎の家でも似たことがあった。

そこは俗に言う新興宗教へ入信したという。

その家の母親が職場の友人から勧誘を受けたことがきっかけである。

以降、父親、息子、娘二人の計五名が信仰の道へ入った。

その後、娘二人が後遺症が残る怪我を負い、母親は片目の視力を失った。

この二つの家だけではない。

類似の事例は他にもある。

例えば、ある家は信仰を始めた途端に跡継ぎが亡くなって、残りの家族が直りづらい病気に罹患した。

他には、一家全員夜逃げする事態に陥り、今も行方知れずになった一家もある。

実は仮屋園にはある話が伝わっていた。

〈家伝の神仏以外を信仰することなかれ〉

もし他の神仏を拝めば、たちどころに障りがあるぞ、と脅しのような文句が続く。

その家伝の神仏とは何か?

流石に桑迫さんもそこまで詳しくない。

彼女が知り得た情報は少ないのだ。

〈布で覆って隠した小さな木像を、真夜中に念仏を唱えて拝む〉

〈ひと月のうち決まった日に食べてはいけないものもある。現在はそこまで厳しくなくなっている。給食や仕事上の会食などがあるせいだ〉

この程度である。

似ているものに〈カヤカベ教〉がある。

彼女に調べて貰ったが、それではないと確定した。

だとしたら鹿児島県の土着信仰とは全く無関係で、独自の宗教形態なのだろう。

それでも早死・酷い死が続けば、前述の通り他の宗教を頼る者が出てしまう。そして不幸に見舞われたその姿を見た他の家は「ああ、やはり他を信仰しては駄目なのだ」と家伝の宗教を改めて信じるのだから、なんとも言えない話である。

ただ理解しがたいことに、何故か仮屋園の家々には普通に仏壇があり、葬式は仏式、お寺の墓地へ骨を収めると言う。また結婚式は神社や教会でも行っている。

慶事や弔事だけは許されていると言うことなのか。或いは〈他に救いを求める〉といけないだけのか。判断は付かない。

更に、仮屋園一族には立ち入っては行けない場所もある。

もし訪れることがあれば良くないことが起こると伝えられていた。

桑迫さんが聞いたのは、大体が鹿児島県と宮崎県に渡る地域である。

今回この話を書くにあたり、再度ご両親へ聞き直して貰った。

詳細は伏せるが、概略で言えば〈鹿児島県鹿児島市某所〉数ヶ所。〈鹿児島県日置市某所〉数ヶ所。〈鹿児島県姶良市某所〉数ヶ所。〈宮崎県宮崎市某所〉数ヶ所。〈宮崎県都城市〉数ヶ所。〈宮崎県小林市某所〉数ヶ所。〈宮崎県えびの市某所〉数ヶ所……と数多い上、広い範囲に渡る。

ただし、全ての場所はかなりピンポイントである。

普通に暮らしていればなかなか足を運ばない、或いは運ばなくても何の影響もない所が殆どを占めている。

よって特段注意をしなくてもよい……のだが、過去から数名、この教えを破る者が出た。

はっきりと分かっているのは、計三名。

昭和の時代に二人ほど。

そして平成が終わる少し前にひとり。

全員が死亡したと言う。

死因はそれぞれ違っていた。

昭和の二人のうち、ひとりは「鹿児島市某所を訪れた後、立ち寄った川で水死」。

もうひとりは「鹿児島県日置市某所に立ち入った後、仕事中の事故死」。

どうして二人がそこへ行ってしまったのかまでは伝わっていない。

平成の場合は、これより少しだけ詳しい話がある。

仮屋園一族の某氏は大学を卒業した後、家業を継ぐために外へ見習い修行に出された。

場所は宮崎県内の会社である。

彼は真面目で人当たりも良く、仕事もそれなりに出来て評判が良い。

社内での覚えも良く、すぐ沢山の友人を得た。

そんな修行の最中、入社から一年が過ぎた頃のある日曜日だ。

同僚の実家へ会社の皆で遊びに来ないかと招かれた。

楽しく過ごしている途中、某氏は急に体調を崩した。

一時間ほど休んで回復したが、体調が大丈夫な内にアパートへ戻ると言って、同僚実家をひとり後にした。

しかし翌日、出社時間になってもその某氏が出社しない。

携帯も出ないので、無断欠勤かと少し問題になった。

昼休み時間、同じ部署の人間が彼のアパートを訪ねてみたが施錠されており、返事もない。仕方がないなとその日は帰った。

しかし翌日も会社に来ないのでこれは何かあったのではと某氏の両親へ連絡。アパートの部屋へ入ると、ベッドの上に変わり果てた姿で横たわっていたと言う。

後に調べると、同僚実家の近くに〈立ち入ってはいけない〉場所を見つけた。

当日は買い出しのついでに周辺地域に立ち寄ったり、わざと遠回りをして山の方へ行ったりしたようで、そのときに足を踏み入れてしまっていたようだ。

車だったことと土地勘がなかったことが原因だった。

この〈立ち入ってはいけない〉場所を地図上でマーキングしてみたが、法則性がない。

共通項は鹿児島県と宮崎県であることだけである。

桑迫さんにも訊ねてみたが、他にこれという情報はなかった。

そう言えば、と桑迫さんが述懐する。

十年ほど前だが、仮屋園一族に属する家に彼女は入ったことがあった。

高校生の頃で、桑迫家の一周忌の法事の帰りだったと思う。

その家に何かを届ける用事を、父親が頼まれたからだ。

相手の家に着く。

中流家庭的な住宅で、少し広い庭と車二台くらい止められる駐車場があった。

空いている方に車をバックで乗り入れる。

法事帰りで喪服ということもあり、両親は玄関先で荷物を渡して終わるつもりだと聞いていたので、車の中でひとりで待つ。桑迫さん自身も制服だったから、あまり外に出たくなかったのだ。

ところが母親がやって来て、降りなさいと言う。

この家の奥さんがお茶でもと誘ってきて譲らないのだ、と渋い顔だ。

「あっちが、今ひとりだけで暇やっち言ってね。どうしても断れんがったわ。お茶を飲んだら手短に帰っよ!」

母親が耳打ちした。

承知して家に向かうと、玄関脇に父親が待っている。

横には身なりの良い上品な四、五十代の婦人が立っていた。

「お清めすっが」

婦人は手に塩の容器らしき物を持っている。

三人は塩を振られ、玄関内部へ足を踏み入れた。

ムッとする臭いが鼻を衝く。

猫を飼っている家独特の臭気だ。いや、と言うよりも猫の排泄物などに頓着しない家の、と言うべきだろう。

よく見れば婦人の紺色のスカートに猫の毛が沢山着いている。

制服なのに、厭だなぁと思ったことを覚えている。

リビングに通されたが、座るのを思わず躊躇した。

ソファを始めとする家具が爪研ぎのせいかボロボロになっている上、床のカーペットはシミと毛だらけだ。部屋の隅に何頭か猫が居て、警戒したような目でじっとこちらを睨み付けている。

猫は嫌いではないが、こういう状況だとなんとなく避けたくなるものだ。

紅茶と菓子が出されたが、何となく手を出したくない。

父母と婦人の会話を聞くともなく聞いていると、突然インターホンの音が響く。

婦人が出るが、すぐに戻ってくる

しかしインターホンは繰り返し鳴らされた。

「最近、壊れっちょっとよ」

苦笑いをしているが、感情の読めない目つきがなんとも気持ち悪い。

早くここから帰りたいなと考えてるとき、不意に鐘の音が二回鳴った。

仏壇のりんの音に似ている。

次は三回。また、二回。

三回、二回、三回……同じパターンで繰り返されている。

方向的に隣の部屋だが、木調の引き戸で遮られているのでその正体は分からない。

母親がこちらを振り返った。何か言いたそうな顔だった。

婦人は全く気づいていない様子で何かを話し続けている。

が、急に音が止んだ。かと思えば、今度は廊下を駆け回る足音が響き出す。

小学生くらいの子供が二人、追いかけっこをしているような印象を受けた。

足音はリビング辺りまでやって来る。

振り返ってみたが、ドアのせいで廊下は見えない。

足音は階段を上る調子に変わり、二階へと移る。

床を踏みならし、騒々しい。振動すら感じる。天井から埃が落ちてきそうな程だ。

これも婦人は全く頓着していない。

続く騒ぎの途中、婦人が短く声を上げた。

「あ」

同時に足音が止んだ。

「そろそろ子供が帰ってくっが。おやつを用意せんと」

子供?

おやつを準備しないと行けないような年頃の子供が居るのだろうか?

疑問に感じていると母親が立ち上がる。

「そろそろ私どもも、お暇します。ご馳走様でした」

三人、さっさと玄関を出た。

靴を履いているとき、二階へ続く階段へ視線を向けてみたが、何もなかった。

車に乗り、少し離れた所で父親が口火を切る。

「ああ、臭い家やった。お茶もお菓子も厭だったから、手を付けんがったが」

「本当よ!もう、話を止めないから、いつまでも打ち切れなかったが」

それに、と母親が後部座席の桑迫さんを振り返って言う。

「変なことあったよね?」

「うん。それにインターホンとか、仏壇の鐘の音やら、足音やら……あれ、一体何?あの家、あの小母さんしか居ないっちゃろ?」

母親を遮り、父親が話し出す。

「おう。あそこん家は、祖父さん祖母さんは心中してもうおらん。子供も二人居ったけど、小さい頃に病気で、け死んだ。ほら、早死したらしいが。じゃかい、あそこの家はあの奥さんと夫ん人二人だけよ」

「あー……そうなんだ」

そう答えた瞬間だった。

車が激しく上下に振動する。

父親がパンクか!?ハンドルが効かん!と叫んだ。

ブレーキを掛け停車すると、後方からクラクションを鳴らしながら車やトラックが猛烈な勢いで追い抜いていく。

車の通りがなくなってから、父親が外へ出た。

車の周りを確かめた後、運転席に乗って首を傾げた。

「どのタイヤも大丈夫やったが」

エンジンを掛け、ゆっくりスタートするが、何の異常もない。

さっきのは一体なんだったのか、原因が分からなかった。

だが、その晩から家族三人、全員が吐き下しと高熱で倒れてしまった。

食中毒を疑ったが、法事で口にしたものや家に帰って食べたものに怪しい点はない。

では、あの家のお茶や菓子かと考えたが、誰も一切手を点けていないのだ。

病院へ行っても原因の確定が出来ず、結局三日も会社や学校を休む羽目になった。

快癒してから家族全員神社で厄払いをして貰う。父親たっての願いだった。

曰く、あの家から戻ってからだから、きっとお祓いは必要だ、らしい。

しかし、今度は家の中でおかしな声や気配がしたり、冷蔵庫の中に食物が賞味期限前に腐ったり、様々な異変に繰り返し見舞われるようになった。

小さな人影が部屋を飛び出して廊下を走ったり、不意に消えたりするところを母親と桑迫さんが別々の時に目撃したこともあった。

加えて、ときどき家全体が酷く振動して驚くことも多々起こった。

桜島の噴火による振動より激しく、また、長い。

そして、家が揺れた後は神棚や仏壇から何かが落ちている。

お札や位牌、遺影以外の物だったが、落下する数は毎回必ずひとつと決まっていた

例えば、榊の葉一枚やお供えの林檎ひとつ、である。

厄払いをしたのに未だ祓えてないのかと、後に三度ほど神社へ行って、漸く事は収まった。全部で一年弱掛かったと思う。

「四回も厄を祓わんといかんとは」

仏頂面の父親を宥めながら、桑迫さんは何気なく思った。

(四度のお祓いかぁ。……あの家の亡くなった人も、四人だったなぁ)

偶然の一致だろうが、何となく嫌な気持ちになった。

桑迫さんは慎重に言葉を選びながら話す。

「仮屋園は島津氏分家と関わりがあった家の血筋とも言っています。ウチみたいに嘘なのかどうかは分かりません。でも、あの数々の因縁と関係しているのかなぁと想像することはありますね。それに、何度も話していますが」

――今も、早く亡くなったり、酷い死に方をする人、出ているみたいです。

シェアする

フォローする