祓いに来た従伯母(東京都練馬区) | コワイハナシ47

祓いに来た従伯母(東京都練馬区)

祓いに来た従伯母(東京都練馬区)

一九八九年の九月初旬、当時高校一年生の昭さんは、ある朝、父が突然に「こんどの日曜におまえたちをお祓いをしてもらうことにした」と宣言したので驚いた。

母の従姉が祈祷師を生業にしていることは知っていた。その夫が仏教の僧侶で、祈祷の際には夫婦で事に当たるのだとも聞いていた。

しかし昭さんは彼らに一度も会ったことがなく、普段は思い出すこともなかった。

家族団欒の場で従伯母夫婦のことが話題に上ったためしがないのだ。母は従伯母と仲が良いようだが、その職業には子どもの前で口を憚らせるものを感じているようだった。

その従伯母夫婦を、父が日曜日に家に招いたのだという。

母もそれを承知していた。そもそも、昨日、従伯母が母に電話を掛けてきて、大急ぎでお祓いを受けるように説得して始まったことなのだと母は説明した。

「従姉が言うには、次男と三男を、大至急、祓う必要があるんですって」

三男は昭さんだ。彼は三つ年上の次兄と顔を見合わせた。

まったく心あたりが無いわけではなかった。

昭さんは、昨年、金縛りの最中に緑色に光る人を目撃したし、また今年に入ってからは蒲団に寝ていたら肘から先だけの一対の白い手が現れ、両脚を掴まれて宙に釣り上げられそうになった。「夢に違いない」と信じ込もうとしていたのだが……。

そう言えば、ときどき胸がギュッと締めつけられるように痛むこともある、と、昭さんは思った。いつもすぐに治るから気にしていなかったが……。

日曜日になった。

六〇歳前後の一種異様な男女が家に訪れた。地味なビジネススーツの婦人が従伯母で、黒い袈裟衣に身を包んだ男性が従伯父に違いない。

聞けば従伯父は真言宗の僧侶で、日頃は寺にいて厄除開運を良くするとか。だが、従伯母の方が霊力が優っているため、こうして夫婦でお祓いに出向くことがあるとのこと──夫に持ち上げられても従伯母は表情を変えなかった。

挨拶が済み、茶の間に六人で落ち着くと、従伯母は、まず、昭さんに告げた。

「あなたは胸に憑いている」

そう言われた途端に胸の奥がギュギュッと痛んだ。

次に従伯母は、昭さんの横で硬くなっている次男をためつすがめつして、「こちらは全身に憑いている」と無慈悲な宣告をした。

シノビちゃんと熱くなる石

祈祷師を生業とする母方の従伯母と、その夫で真言宗の僧侶という従伯父に、一六歳の昭さんと二歳上の兄は、それぞれに取り憑いている悪霊を祓ってもらうことになった。

従伯母が千里眼で霊視して、兄弟に祟りが生じているので急いで祓わなくては大変なことになると母に電話で告げ、それを聞いた父が、この夫婦を家に呼んだのである。

従伯母によれば、昭さんは胸に、兄は全身に悪い霊が憑いているという。面と向かって宣告されて怯えている二人を、従伯母は、黒い袈裟衣の従伯父の真正面に正座させた。

すぐに従伯父が数珠を擦り合わせながら、真言宗の光明真言を唱えはじめた。

「おんぼきゃ べいろしゃのうまかぼだら まにはんどまじんばら……」

次に般若心経を唱えだすと、従伯母が、持ってきたスーツケースから七つ道具を取り出して兄弟の脇に並べだした──白木の棒に白い紙を挟んだ幣束、丸みを帯びたソフトボール大の大理石、全長四〇センチほどで青っぽい友禅の振袖を着た市松人形。

「この子はシノビちゃんというの。……あらまた前髪が伸びてるわ。後で切りましょうねぇ」

従伯母が人形に話しかけるのを見て昭さんは戦慄したが、それを「はい、抱っこして」と膝に置かれたので、ゾッとするのを通り越して頭の中が真っ白になった。

「あなたには、これ」と石を持たされた兄がホッとした顔をしているのが悔しい。しかし従伯母はすぐにこう言って兄の希望を打ち砕いた。

「二人には人形と石を交互に持ってもらいます。膝に乗せて両手でしっかり支えなさい」

そして、「だんだん石が熱くなるけど我慢してね」と付け足した。

従伯父の読経が粛々と流れ、父と母は部屋の隅に正座して控えている。兄弟もじっと正座して、ただ従伯母だけがせっせと動いて、一定の間隔で人形と石を交換した。

昭さんは、初めは人形が怖かったが、次第に、石の方に脅威を感じるようになった。

なぜなら、従伯母が言った通りに、石が熱を持ってきたからだ。

石は斑が入って灰色っぽく、一見、どこにでもありそうな普通の石だ。しかし、兄と交互に持たされるうちに懐炉のように明確に熱を放射しだしたのだ。

熱さに耐えられなくなる寸前、唐突に「はい。これでお終い」と従伯母は兄弟に告げて、石と人形を取り上げた。すると全身がふわっと軽くなり、この上ない爽快感に包まれた。

「清々しい気分でしょう?シノビちゃんが、あなたたちが大変なことになっていると私に知らせてくれたの。シノビちゃんに、よく感謝してね」

昭さんと兄は、人形に向かって頭を垂れ、一所懸命に御礼を述べた。

隣家の婦人

一六歳の昭さんの母方従伯母は祈祷師だ。あるとき夕食の席で、母が隣家の奥さんには何か霊障が起きているようだと話した。だから従伯母を紹介したのだという。

次の日曜日、家族で昼飯を食べていると、大型肉食獣の咆哮らしきものがお隣から聞こえはじめた。

練馬区の住宅街に虎やライオンが吼えるわけがない。皆、箸を止めて耳をそばだてた。

すると、獣が激しく吼えたり唸ったりする声の背後から、従伯母が祈祷する際に常に同道する従伯父(真言宗の僧侶)の読経が微かに漏れ伝わってきた。

「お隣の奥さんて、たしか小柄で細い人だったよな?」と父が母に確かめた。

「ええ、華奢で大人しい人ですよ。……狐憑きかしら?」と母が言った。

「狐はコンコンだろ?ありゃ、ガオーッ!だ」と父。

昭さんは「見に行きたい」と正直に言って両親に叱られた。

小一時間も物凄い声が聞こえていたが、急に止んだかと思うと静まり返った。

翌朝、登校する際に昭さんは隣の奥さんと家の前で擦れ違った。いつもとまったく変わりのない綺麗なおばさんで、そのためかえって怖かった。

祓い師

お気づきだと思うが、第五四話から第五六話までは所謂《憑き物落とし》を巡る話で全部繋がっている。然しながら憑き物落としに定義は無く、祓いの儀式を執り行う者が信ずる宗教や思想によって異なるので、これが典型的な例ではない。むしろ異色の方だろう。

私は憑き物落としと言うと、京極夏彦先生の小説《百鬼夜行シリーズ》に登場する京極堂こと中禅寺秋彦を想い起してしまうのだが、昨今の実在する憑き物落としの術者も、京極堂のように日頃は社会に溶け込んで暮らしているようだ。

これは今までに幾つも憑き物系の体験談を取材してきてわかったことだ。昔は、怨霊を祓うのは世捨て人みたいな高僧か山伏だという先入観を持っていた。

ちなみに、祓い師としても活動されている某怪談師は、私を軽く霊視して、「たくさん憑いているけれど、川奈さんは祓いたくないんですよね?」と言い当てた。

そう。憑き物を憑けておいた方が怪談が書きやすくなるような気がするので、祓ってもらっては困るのだ。

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