魔女の館(広島県呉市) | コワイハナシ47

魔女の館(広島県呉市)

広島県呉市の山頂に、ひっそりと佇む洋館がある。ドイツのドラッヘンブルク城を模したコンクリート三階建ての建物は、とある富豪の別荘だったと聞くが、現在は住む人もなく廃墟となっている。

私が初めてこの場所に訪れたのは大学二回生の夏。仲の良い友人から「面白そうな場所がある」と聞かされ、予備知識もなく足を踏み入れた。

友人は幼い頃からその館の存在を知っていたが、周りから「近付くと不幸が起こる」と言われていたらしい。そんな曰くつきの場所へ赴くというのに、友人のテンションは高かった。謎の解明ができることに喜んでいたのかもしれない。

野呂山を息も絶え絶えに登っていくと、立派な緑林に囲まれた鉄扉が現れた。目線を上げると城特有の三角屋根が覗いており、気分はさながら勇者か冒険者。

扉は片方が壊れており容易に中へ侵入することができた。中へ進み、建物と対峙して私は違和感を覚えた。玄関扉までの道が、横に並んで歩くこともままならないぐらい狭いのだ。まるで敵を迎撃するため、あえてそうしているかのように。更に窓には全て格子が付けられている。山頂にわざわざ建てるということは、呉の広大な美しい景色を眺めるためと考えるのが普通。けれど周囲は高い樹々に囲まれ、まるで人目を阻んでいるかのような印象を受けた。

私はここで、ある怖い話を思い出す。それは心に病を持った娘を治療するため、その両親が山奥に家を建て、他者と隔絶、窓には格子を付けて娘を監禁したという内容。結果として娘の病は悪化して両親を殺害、自身も首を吊って亡くなったという救いのない話を――。

次の瞬間、頭上から視線のようなものを感じた。慌てて二階の窓辺りを見やると、何やら白いものが通り過ぎたように思える。あれは一体……。

いや、考え過ぎの見間違いだ。私は頭を左右に振って悪い想像を消した。

一階はエントランスとなっていて、トイレとシャワー室以外に目ぼしい所はない。洋風だけあって靴を脱ぐ場所がない点から、所有者は外国人だったのかなとも思う。

「ヤンキーの溜まり場とかになっていると思ったけどな」

確かに屋敷の中は落書き一つない。けれどなぜか恐ろしい雰囲気が漂っている。ビリビリと痺れる背中を擦りながら、私は脇にあった階段を上っていく。

階段は螺旋になっていて、本当にゲームの世界へ飛び込んだかのような錯覚に襲われた。二階は遊技場のようで、ビリヤード台や大きな暖炉が並んでいる。壁や床も洒落た感じで、ここが日本ということを忘れてしまいそうだった。

探索していると、ボロボロのカレンダーをいくつも発見した。一九八四年、こちらは一九八五年……かなり古いものだ。

「うわっ!?」

突然、友人の悲鳴が聞こえて身構える。どうかしたのかと聞くと、その場に置かれたカラスの剥製を見てびっくりしたらしい。動物の置物は邪気除け、魔除けの効果があると聞いたことがある。そして鳥の置物は確か、幸せを呼び込む効果だったような。だがやはり不気味でしかなく、凡庸な私には所有者のセンスが理解できなかった。

これ以上調べる所もないので部屋を出ようとした時、私の耳に「キィ、キィ」という音が聞こえた。立ち止まり後ろを振り返ると、そこに友人がいて目が合う。何か聞こえなかったかと訊ねようとして止めた。もし自分だけに聞こえたとすれば怖がらせてしまうと思ったのである。気のせいと思うことにして上へ向かう。

三階は居住場所だったようで、今までの部屋とは違い障子や襖の残骸など和風のものがあった。洗面所が横並びに二つあったり、非常口と書かれたパネルが落ちていたりと民宿のような一面を見せている。アンバランスで、居心地の悪さを感じた。本当に何が目的で造られた場所なのか分からない。

室内を調べている最中、再び物音が聞こえてきた。けれど先程の甲高い音とは異なり、今度はコツンコツンと何かを叩くような音だ。

これには友人も気が付いたようで「……どこ?」と喋りかけてきた。もはやこの場に長居しないほうがいい、そう思った私が部屋を出た時である。

螺旋階段の下、一階と二階の丁度中間辺りで動く何かを見た。

それは真っ白で、人のようなシルエットをしていた。階段をゆっくりと上がる度に、コツン……コツンと物音を立てている。

得体の知れない「何か」――私はヤバイと感じて友人の腕を掴み、更に階段を上っていく。「あれ」と遭遇してはならない、そんな直感を信じて。

階段の先には小さな扉があった。祈るような気持ちでドアノブを回すと、あっさり扉は開いた。澄んだ空気が流れ、外の景色が目に飛び込んでくる。屋上だ。

下から見た三角屋根が手に触れられるほど近い。どこか逃げられる場所はないかと探した時、外付け階段が下の三階に設けられていた。そういえば先程、床に非常口のパネルが落ちていた。あの階段のことだろう。

若干の高さはあるものの、飛び降りることはできそうだ。私が友人に提案すると、友人は怯えた表情で「本気か!?」と叫ぶ。

「一歩間違えたら地上まで落下するぞ!?骨折どころか、死ぬ可能性だって……!」

その時、背後の扉がギギギギ、と音を立てながら開いていく。風で勝手に開くとは思えない。つまり――誰かが、やってきた。

時間がない、まずは自分が飛び降りるから、安全を確認できたらお前も後についてきてくれと告げる。

当然、私も恐ろしい。だが、このままでは得体の知れないものに襲われてしまう。

気合いを入れるために両頬を叩き、私は屋根の端に立つ。非常階段まで、いける――いける――いけ、いけ、いけ……!

ふわりと身体から重力が消える。階段の床だけを見ながら飛び降りた。ガインという金属音が響き渡り、私は着地を行う。ほら見ろ、何てことはない。言い聞かせてはいるものの、膝の震えは止まらない。

「――ひっ、ひぃいいいいい!?」

そうこうしていると、上から友人の悲鳴が上がった。私は大声で飛び降りろと命じる。だが、こちらの指示に応じる気配がない。

どうする、私だけでも下山して誰か助けを呼ぶべきか?

しかしこのまま友人を見殺しにすれば、私は一生後悔するだろう。

ぐっと唇を噛みしめ、私は再び屋上へ戻る決意をした。その刹那――黒い大きな物体が私の視界を奪ったと思いきや、先程も聞いた金属音が発せられる。覚悟を決めた友人が、飛び降りたのだ。

「はーッ!はーッ!」

緊張と恐怖から涙を流し、放心状態となっている彼の腕を掴み、立ち上がらせる。とにかくここから離れなくては。その一心で私は歩き出す。

無事に地上へと到着した私達は、そのまま逃げるように館から立ち去った。ほんの一瞬だけ振り返ると、屋上から何かがこちらを見下ろしているように感じた。それが私達を追ってきた白い存在かは分からない。けれど町まで降りてきた際に友人が発した言葉は覚えている。

「……魔女だ……やっぱり、魔女はいたんだ……」

後日、私はその場所が『魔女の館』と言われる心霊スポットだと知った。現代に魔女がいるのかどうか分からない。けれど二一世紀でも解明されていない、人智を超えた存在はいる、と私は思う。

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