これは私の体験談になる。
オールナイトの怪談イベント明けで、環状線の駅のベンチに座って電車を待っている間に、つい眠気のせいでウトウトしてしまった。
時間にすれば数分だろうか、誰かがトタトタと足音を立てて私に歩み寄って来るのを感じた。
眠気と疲れのせいで体も頭も殆ど働かず、椅子に座ったままじっとしていると、お経が聞こえてきた。
どうやら、誰かが私の頭上で手かざしをして読経しているようだった。
時々頭に手が触れ、かなり間近で唱えられているようで、吐息も感じた。
流石に眠気も覚めてきたので、寝たフリを続けながら、薄目を開けて目の前の人物を確認すると、かなり高齢の男性だった。
周りの人は、何故か声かけも助けもしてくれず、もしかしたら二人合意でなんらかの宗教的な儀式を、駅のベンチで行なっていると思われていたのかも知れない。
結局、四十分以上も読経は続けられ、薄目を開けてその人が居なくなったタイミングで全力疾走して逃げた。
この話をオンラインの怪談会でもしたところ、城東区に住んでいるという参加者の男性から、こんな話を聞いた。
「あ、それ僕も体験したことあります。環状線の〇〇駅ですよね?
僕もベンチで座っていた時で、寝てはいませんでしたけど、最初乗り換えを聞かれてね、返事したらお礼にって、ぶつぶつなんか言われて、そしたら何か違う人も加わってですねえ、三人に唱えられたんです。
最初は何を言うてるんか、よく聞き取れなかったし、分からなかったんですけど、途中からなんでか「死んでください、死んでください、死んでください」って言ってて。
縁起悪っ!と思ったから、途中で立ち上がって、止めてくださいって中断させたんですよ。
そして、家に帰ったら出る時に消した筈やのに、部屋中の電気の灯りが点いとって、水槽の熱帯魚が全滅しとったんです。
関連が何かあったんちゃうかって、気分めちゃくちゃ悪かったんですよ」
その時、誰かのマイクから「その人らね、〇〇駅に住む死神ですよ」という声がした。
特定の人が喋っている間、基本マイクはミュート指定がルールの怪談会だったので「今どなたが発言したんですか?」とホストの私が聞くと、誰も何も言っていないということだった。
実際、アーカイブの録音を聞きなおしてみたところ、死神だという指摘の音声は入っていなかった。
私は機械に疎いので、誰かが記録に残らないようになんらかの設定をして話した可能性はある。けれども、あの時の怪談会の参加者は思い返せば私以外、男性しかいなかった。
だが、その声は若い女性だったのだ。
あらかじめ録音した音を流したという可能性もあるけれど、五人しか参加者のいない小さな怪談会でそんな手の込んだ仕込みをする必要があるとは思えない。
私の頭上に手を翳して読経していた男性が何者だったのかは分からない。そして、あの日以来、見かけたこともない。