御札の家(岡山県倉敷市) | コワイハナシ47

御札の家(岡山県倉敷市)

揺れる車の後部座席に寝転がりながら、私は事の顛末を思い返す。

前日明け方までレポート制作を行い、ようやく一区切りが付いて眠ろうとした矢先に部屋の呼び鈴を押された。重い身体を引きずるようにして玄関へ辿り着くと、覗き穴の先にヤマさんの姿が見える。

「突然で悪いな、ちょっと相談事があるんだ」

申し訳なさそうに話す彼に私が欠伸で返していると、他にも人がいることに気付く。

「こちらはバイトの先輩で関本さん。彼女が抱えている悩みを、トシに解決してもらいたい」

言っている意味が分からないのは、寝不足のせいだろうか。とりあえず二人を部屋の中へ招き入れる。

「つまり心霊に関わる話なんだよ」

ああそっちかと気を重くしながら、とりあえず話を聞く。

「トシさんは色んな心霊スポットに赴いて、真相を突き止めているのだと聞きました」

関本さんの言葉を聞き、横にいるヤマさんへ冷たい視線を向けるも、素知らぬ顔で躱された。

「私には小学生の妹がいたんですけど、行方不明になりまして……警察に捜索を出したのですが、数日後に遺体で発見されました」

いきなりの重い話に面食らいながら、更に事情を聞いていく。

「警察の方からは事故死だと言われました。現場近くに市営アパートがあるのですが、屋上で遊んでいる最中に転落してしまったのだろうと」

遺体におかしな点でもあったのだろうか。

「いえ、特には。ですが妹は亡くなる数日前に学校の友人と、とある心霊スポットへ足を運んだそうで……死の原因は呪いだとか、そんな噂も広まって」

「妹さんが亡くなった原因をはっきりしておきたいということさ」

確かに、そんな噂を立てられたままでは嫌すぎる。

「お願いします、お金も支払いますから」

いや、それは受け取る訳にはいかない。私は除霊師や霊媒師の類ではないのだから。

正直、気は進まないが困っている人を目の前にして逃げ出すのも情けない。

できる限りのことはするが、必ずしも納得のいく結果が出るとは限らないことを約束してもらう。関本さんは何度も頷きながら「ありがとうございます」と頭を下げた。

「よし、では今から出掛けようぜ。問題の心霊スポット――『御札の家』に」

……回想終了。最初はいつものようにヤマさんと二人かと思われたが、今回はどうしても関本さんがついていきたいというので三人で向かっている。勿論、何かあっても自己責任でという了承も得ている。

「御札の家は、岡山でもかなり有名な心霊スポットらしいぞ」

運転しながら話しかけてくるヤマさんに、私は「へぇ」と答えた。

「倉敷市児島由加にぽつんと残る廃屋で、かつて一家心中が起こったと噂されています。亡くなった家族が霊障に悩まされた結果、お札を貼りまくったのだとか」

「事前に許可を得ようと市役所に調べてもらったんだがな、土地所有者の連絡は取れなかった」

となると、今回も不法侵入……?裁判沙汰になるのだけはやめてほしい。

「まあ、その時は事情を説明して地面に額を擦りつけながら謝ろう」

やれやれ、と外を眺める。市内から離れ、見渡す限り山ばかり。妹さんは市営アパートから転落と言われたらしいが、それらしき建物があるとも思えなかった。

「両親が離婚しまして、妹と私は母と一緒に祖父母の住む家へ引っ越したんです。市営アパートは岡山市内にあり、父親が住んでいました。週末には会いに行っていましたから」

ついでに妹さんが御札の家に行ったきっかけを聞いておく。

「最近できた仲の良い友達に誘われたと言っていました。私は止めたんですが、言うことを聞かなくて……その日を境に、妹の様子はおかしくなったと思います」

具体的には、どのように?

「怖い夢をずっと見ると言っていました。一緒に寝ていましたが、夜中に突然うなされたり泣き出したり……でも母や祖父母には話せないでいたようです」

もしかすると、父親に相談を持ち掛けようとしたのかもしれない。結果、アパート屋上から転落死してしまうことになるのだが……。

「話を聞くと、確かに呪いかもしれないって思うよな」

車は駐車場へ停まった。地図を取り出し確認するヤマさんを他所に、関本さんは車から降りて「近くなので案内します」と申し出てくれた。

竹や太い樹々に囲まれた細道を私達は進む。目的さえ違っていれば風情があると感じたかもしれないが、今は不気味としか思えない。

かなり歩かされることも覚悟していたが、予想に反して到着は早かった。

「あれが……御札の家です」

見た目は普通の古い民家だが、一階部分の損傷が激しい。塀は崩れ、壁もちょっとした衝撃で崩壊しそうな感じがする。思いのほか広く、母屋以外にも倉のような建物が見えた。

「あいたっ!おいおい、何だよコレ」

ヤマさんが近くの柵に触れた瞬間、手を怪我してしまう。よく見ると有刺鉄線が張り巡らされていた。侵入者撃退用にしては、あまり意味をなしていない気がする。

関本さんに目線を向けると、怯えた様子で立ち尽くしている。微かに肩が震えて見えるのは、私の見間違いではないだろう。

「中の様子を見てきますから、ここで待っておいてください」と伝えるが、関本さんは首を振り「……いいえ、私も行きます」と告げる。

心配ではあるが、皆と一緒がいいと感じた私は「何かあればすぐに戻ってくださいね」と伝えた。関本さんは大きく頷く。

入り口扉は最初からなくなっていたため、簡単に中へ入ることができた。一歩足を踏み入れた瞬間、廃屋独特の埃と枯れ木の混じったような臭いが鼻孔を刺激する。床は半壊しており、ある意味では足の踏み場もない。腐った床を踏み抜かないよう慎重に進んでいく。

障子の残骸や割れた壺、脱ぎ散らかしたままの衣服などから生活者の名残を感じ取れる。

天井は梁が剥き出しで、恐らく二階床部分が崩れ落ちたのだろう。

部屋は全体的に吹き抜け状態で、外から見るより広く感じた。

「新聞がある。昭和四七年……そんな昔から放置されているのか」

一家心中という話だが、いつどこで亡くなったのか不明。いくつか『そういう現場』に足を運んだが、必ず痕跡は残るものと理解している。それがない場合はデマであることが多い。丁寧に室内を調べていくが……。

「――あの、これ……っ!」

関本さんが何かに気付いて指をさす。近付いて見ると、ようやく一枚目の御札を発見。

「神棚が壊されている。そこに飾っていたものかもしれない」

しかも『家内安全交通祈願』と書かれていた。呪いを祓うものではない。

他にもよく調べれば壁に貼られた御札を破いた跡などが見つかった。が、どれも安っぽい作りの物ばかりだ。

「既に御札を取り外された後ってことか?」

仮にそうだとすれば、なぜ御札だけを外したのか。床にあった謎のノートを見ると、そこには『太田三二平野三五四三金谷三二二四』など意味不明な内容が書かれていた。

何より私がずっと気になっているのは……。

「トシ、こっち来てみろ。階段があるぞ」

ヤマさんの元へ向かうと、確かに階段が存在した。けれど私が片足を乗せて体重をかけただけで「ミシミシィ」と危険な音を立てる。

「足場が完全に腐ってんぞ。ちょっと上るのは危険かもな」

諦めようとした瞬間、話を聞いていた関本さんが「私なら……平気かもしれません」と言い出す。確かに女性の体重ならば何とかなるかもしれないが……。

「ここまで来たんですから……調べられる所は全て調べておきたいんです」

悩んでいるとヤマさんが「よし分かった」と告げる。

「俺が下で見張ってるから、危険だと感じたらすぐに戻るように。それでいいよな?」

「ありがとうございます、行ってきます」

関本さんが二階へ消えていったのを見届け、私は一階の探索を続ける。

相変わらず御札はない。その代わりに見つけたのが――。

再び階段だった。しかもこちらは損傷が少なく、私でも上れそう。

関本さんと二階で合流できるかもと思ったが、すぐに不可能と悟った。母屋ではなく、倉の階段と気付いたのである。

ヤマさん達を呼ぼうかと考えたが、わざわざ戻るのも面倒と感じた。さっさと確認して、結果だけ伝えればいいだろう。

ゆっくり階段を上っていき、二階へ到着。辺りを見回して、すぐに気付く。

六、七畳ほどの空間に並ぶ大小三つの木箱……いや違う。これは――。

棺だ。小さな子供用と、両隣に夫婦用の棺桶……。

中には布団が敷かれており、人型にへこんでいるように思う。

なぜこんな物が……?そんなことを考えていた次の瞬間――。

「トシッ!トシ!どこにいる!?」

ヤマさんの声が聞こえてきた。何か只事ではない様子を察し、急いで一階に下りる。

大広間に誰もおらず、外へ出るとようやく二人の姿が見えた。家から少し離れた場所で関本さんはうずくまり、それを心配そうに見守るヤマさん。

事情を聞くと、ヤマさんは首を振りながら答えた。

「二階から突然叫び声が聞こえて、彼女が慌てて下りてきたんだ。そのまま走って家を飛び出て、今の状況さ……」

横にしゃがみ、関本さんに「大丈夫ですか?」と訊ねるが口元を押さえて震えるばかり。これはもう引き返すしかないと判断し、私達は御札の家を後にした。

車へ戻り後部座席に関本さんを寝かせた際、弱々しい声で彼女が話しかけてきた。

「祖父母の家が近いので……そちらへ……案内、しますから……」

数分後、目的地へ到着。関本さんの祖父母に事情を説明し、休ませてもらうことに。

関本さんは奥の部屋で布団を敷いて横になったらしい。しばらく安静にしておけば、問題はないだろうと教えてくれた。

お祖父さんが神妙な顔で我々に何があったのか訊ねてきたので答える。怒鳴られでもするかと思ったが意外にも「……そうか」と呟くだけ。そんな反応に何かを知っている気がして、私は御札の家について知っていることがあれば教えてほしいと頼んだ。

「……あそこは元々、宗教絡みの家じゃった。詮索はせんほうがええ」

その言葉に、私は合点がいく。理解されにくい話だが、私は霊に関わる場面や自分の身において嫌な予感がした際は背中がビリビリと痺れる。だが今回、御札の家を探索している最中も痺れは一度も来なかった。その代わり、ずっと身体が重く何かが纏わりついているような嫌な感覚はあった。説明も難しいが、現場に残された強い『念』のような……。

『怖い』のではなく、とにかく得体の知れない『嫌』な感じがした。

「彼女の妹さんが亡くなる直前、御札の家へ訪れたらしく……ずっと呪いによって殺されたのではないかという噂に心を痛めていたようです」

ヤマさんの言葉に、お茶を持って現れた関本さんのお祖母さんが「は?」と声を漏らす。

「あの子に妹なんて、おりゃあせんけどね」

「…………え?」

「死産じゃったんよ。そのせいで母親はノイローゼにかかってな、それこそ訳の分からん宗教に手を出すまでなってしもうた。それが原因で離婚となり、こっちへ戻ってきてのう。母親から何の話をされたんか、あの子も学校では浮いておったらしい。誰もおりゃあせんのに一人でぶつぶつと話しておったりの」

「不憫な子じゃ。その母親も自殺してしまって、ずっと孤独じゃろうに……」

「…………どういうことだ?もう訳分かんねぇよ……」

頭を抱えるヤマさんに、私はかける言葉を失っていた。

後日、関本さんはバイトに来なくなり店をクビになったらしい。心配したヤマさんが何度か電話をかけたが着信拒否され、彼女が二階で何を見たのかは分からないままである。

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