焼酎(鹿児島県) | コワイハナシ47

焼酎(鹿児島県)

九州と言えば焼酎と答える方も多いだろうか。

確かに九州では焼酎の蔵元が常に鎬を削っている。

その土地の風土、原材料、酒造元ごとに特徴があり、バリエーションに富む

酒が呑めるのであれば、一度蔵元探訪などを楽しむのも一興だ。

もちろん、酒を呑まずとも九州には美味しい物が沢山あることも書き添えておこう。。

下舞香(しもまいかおり)さんのお父さんは、鹿児島生まれ。

当然、焼酎が大好きだった。

彼女が成人したら、一番好きな蔵元の焼酎を酌み交わすのが夢だと笑っていた。

だが、それは叶わないまま、お父さんは病で鬼籍に入った――。

それから十五年が経ち、香さんは健康診断で引っかかった。

内臓系の癌、であった。

早期の発見であったが、必ずしも転移がないと断言できない。

まだ二十代後半である。病気の進行は早い。

適切な治療が必要であった。

入院日が決定したが、不安で押し潰されそうになる。

鬱々と過ごしていると、お父さんのことを思い出す。

彼もまた、癌で夭折したからだ。

手術を受けたが転移が見つかり、あっという間に――。

(思い出さなければ良かった)

彼女は頭の中から、お父さんのことを追い出した。

入院三日前の朝、お母さんが香さんを仏間に呼んだ。

着いていくと、仏壇の前に座らせられる。

「あのね、お父さん、出てきたの」

昨晩、お母さんが眠っていると肩を揺らして起こす者が居る。

香さんかと目を開ければ、常夜灯に照らされた懐かしい顔が合った。

亡くなった夫――お父さんだった。

健康だった頃の若々しい顔で笑っている。

〈香が大変やろ?〉

知っている声だ。が、口が動いていない。表情も変わらない。

〈俺の好物の焼酎を仏壇に上げてくれているが。あれを香に呑ませろ〉

何故?と訊ねれば、お父さんは当然といった口調で答えた。

〈そうすれば、香は助かる。転移も再発もしないが〉

でも、香は一滴も呑めないの、と返せば、お父さんはそこで初めて動揺したような顔を浮かべる。

〈あっちからやと、分からんとよ。そうか。一滴も呑めんか。お前の血を引いたのか〉

お父さんは、少しだけ間を開けてから、再び口を開いた。

〈お供えもんの焼酎を含ませたガーゼで、香の額と癌になった辺りを軽く叩け〉

そうしたら、大丈夫だと頷いてから、お父さんはすーっと掻き消すように消えた。

「だから、今から、お父さんの言うとおりのこと、しよう」

俄に信じ難い。塞ぎ込んでいるから元気づけようというお母さんの嘘だろうか。

香さんの考えていることを読み取ったのか、お母さんは微笑んだ。

「嘘やないと。本当にお父さんが教えてくれたんだから」

半信半疑であったが、藁にも縋りたいことは確かだ。

母親に従うことを決めた。

仏壇の前に置いてあった一升瓶の封を切る。お父さんが好きだった蔵元の焼酎だ。

お母さんがガーゼに染み込ませて、香さんの額を軽く叩いた。

冷たい。焼酎が垂れてくる。

(……あれ?いつもと違う)

良い香りがする。

彼女はアルコールの臭いも駄目だった。ビールだろうがウイスキーだろうが、ワインだろうが、日本酒だろうが、焼酎だろうが、気持ちが悪くなる。

しかし、今日は甘くフルーティに感じた。時々花のような香気も漂う。

通常ならこんなことはない。

「これでよし」

濡れた場所を拭き取って終わった。

念のため一升瓶の口に鼻を近づけてみる。

思わず顔を顰めた。普通の焼酎の匂いに戻っていた。

その後、香さんの手術は成功した。

五年経った今も、転移など見つかっていない。

自分の病気のことを知っている男性から求婚され、婚約もした。

結納の前日、彼女は夢を見た。

出てきたのはお父さんだ。

とても景色の綺麗な高い場所で、二人ベンチに座って話している。

〈香も結婚か。おめでとう〉

ありがとうと返事すると、急にお父さんが泣き始めた。

〈お前と焼酎を飲むのが夢だったが、呑めないとは知らなかった。許してくれ。あと、病気になる前に、護れんがったことも。すまない〉

大丈夫だよ、お父さん。私はちゃんと幸せだよ、これから先も幸せになるよと抱きしめた――そこで目が覚めた。

頬が濡れていた。

仏壇には、常に焼酎の一升瓶が供えられている。

お父さんが大好きな蔵元のものだ。

以前はずっとお母さんが買ってきていたけれど、退院してからは香さんが酒屋さんまで行っては購入してお供えしている。お父さんへの感謝と共に。

きっと私がお供えできなくなるまで、これは続けますと香さんは微笑んだ。

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