海沿い(鹿児島県) | コワイハナシ47

海沿い(鹿児島県)

逆瀬川さんの趣味はドライブだ。

大学の友達を誘って観光地を巡ったり、買い物をしたりと目的は様々だが、基本的に車の運転がメインの楽しみであったのは言うまでもない。

近場なら鹿児島市内や宮崎県、遠くは福岡県まで彼女たちは出かけていたという。

冬が終わる少し前の週末だった。

逆瀬川さんは友人と鹿児島市内でショッピングを楽しんでいた。

夕方、カフェでお茶をしているとき、ふと思いつく。

「このまま海岸線へ出て、海を見ながら走ってみん?私が運転するから」

友人も目を輝かせる。

「海、いいね!行こう」

善は急げと駐車場へ車を取りに行く。

カーナビに当時の自宅周辺のランドマークを目的地に設定。高速やフェリーを使わない経路で、海沿いを通過するルートを追加した。

右手に桜島と海を望みながら、国道十号線を走る。

天気は快晴。噴火もしていないせいか、暮れていく澄んだ空が目に映る。

時々コンビニに寄って休憩や飲み物を買った。

季節柄、午後六時を過ぎると日が暮れる。

「海、見えんくなったねぇ」

助手席の友達が不満げな声を上げた。彼女はスマートフォンを取り出し、お腹が空いたとルート上の店を調べ始める。

しかし海岸線をなぞる道に興味をそそられる店は何もない。

一度道を外れるべきかと考えたとき、友人が声を上げた。

「何、あれ?」

海側を指しているが、何もない。

「海があっところから空へ向かって、光が上っていった」

店で売っているような小さな打ち上げ花火に似ていたけれど、動きが違うらしい。

左右にふらふらと大きく蛇行しながら上空へ昇っていったと友人が訴える。

「黄色と緑の中間みたいな色やった」

灯台でも漁船の灯りでもなさそうだ。やはり誰かが打ち上げた季節外れの花火なのだろう。話はそこで終わった。

ところが急に逆瀬川さんの体調が悪くなった。

吐き気と悪寒がある。風邪でも引いて熱が出たのかと額に触れるが、冷たい。

手足から力が抜け出し、視界も狭まってきていた。

このまま運転を続けると事故を起こしかねない。

後方車両が居ないことを確認し、路肩へ止めてハザードを点ける。

友達に相談すると運転を代わってくれると申し出てくれた。

「早くおうち帰って、休んだ方がいいよ。そこからなら私も家族が迎えにくれるし」

素直に善意を受け取り、助手席へ移る。

寝ていて良いと友人が言ってくれたので、シートを倒し、目を閉じた。

あっという間に意識が遠のいた。

ふと自然に目が覚めた。

どれくらい時間が過ぎたのだろう。周りは暗い。

体調はまだ完全に回復しておらず、僅かに悪寒が続いている。

気がつくと車が止まっていた。エンジン音も聞こえない。

よく考えると車内は真っ暗だ。インジケーターなどの光すらない。

運転席にいるはずの友人の姿も消えている。

(休憩で外にいるのかなぁ)

シートを起こしてウインドウ越しに暗い外をを眺める。

(……ここ、何処?)

目が慣れてくると横から後方に掛けて木々が並んでいることが何となく分かった。

何となく明るく感じる。月が出ているのかも知れない。

車から降りる。

足下は固い地面だが、砂が多い。周辺に生えている木は松のようだ。

見上げると予想通り月が出ている。

昇ってから少し経った後のような高さだ。左側がまだ満ちていない。

樹木がない方へ少し進むと突然海鳴りが耳を打った。

前の方から冷たい風が吹き付け、潮の香りが鼻を衝く。

月の光を照り返す海がそこにあった。

遠くにチラチラと小さな光が揺らいでいるが、あれは街の灯だろうか。

目の前には緩い下り坂の砂浜が波打ち際に続いている。

何処かの海岸に来ていたようだ。

(休憩で寄ったのかな?)

月明かりの中、友人の姿を探すが何処にもない。

波打ち際辺りに居るかと目を凝らすがそれらしき姿は見えなかった。

(あ。そうか。電話)

車に戻り、スマートフォンを取り出す。

何度かタップして、友人に電話を掛けた。

呼び出し音が鳴るまで、周りに視線を巡らせる。

松林の中で何かがポウと光った。

着信通知で光るスマートフォンに照らされた友人がそこに居た。

(そこだったんだ)

名前を呼びながら電話を切る。途端に林の中が暗くなった。

後を追いかけて木々の間に踏み込む。想像以上に月の光が届かないせいか、足下が見えない。危ないのでスマートフォンのライトを点けた。

漸く友人の傍に辿り着き、声を掛ける。

友達はにっこり笑って答えた。

「もう起きたんだ?体調は?」

少しだけよくなったかもと伝えれば、彼女は顔を曇らせた。

「大丈夫?ね、何か飲み物飲んだ方がいいかも。ほら、スポドリとか……」

この会話の途中、逆瀬川さんは林の奥が気になってしまった。

暗闇しかないそこから、何か視線のようなものを感じる。

彼女はそっとライトを向けた。

光が届く範囲には何も居ない。

しかし、更に気配は強くなってくる。

奥の方で何かが動いた。

靄のようなものがひとところに固まって揺らいでいる。色は濃いグレーに見えた。

(男ん人……?)

明確な姿はない。ただの靄だ。

が、それが複数の男性であり、こちらに対して明確な悪意を持っていると、逆瀬川さんは直感で理解した。

友人の手を引き、林の外へジワリジワリ移動を始める。

「どうしたの?何かあった?」

彼女は異変に全く気づいていない。今は説明せずに車へ乗り込ませるのがベターだ。

視線は奥の方へ向けたまま、何があっても対応できるよう身構えながら動く。

幸いなことに靄はその場に留まっている。

林を出た。

その瞬間、右耳のすぐ傍で「チッ」という複数の舌打ちが響く。

全て男性のものに聞こえた。

途端に全身が総毛立つ。

友人を助手席に押し込み、運転席へ飛び乗る。

エンジンを掛け、Uターンすると林と林の間に道が見えた。

きっとここが出口だと後先考えずに車を乗り入れる。

少し進むとアスファルトへ変わり、道路へ出ることが出来た。

バックミラーを見ることが出来ない。何かが追いかけて来ていたら厭だったからだ。

「ねぇ、どうしたの?」

暢気な友人に、後で話すとだけ伝えて、アクセルを更に踏む。

兎に角人が居るところへと走り続け、漸く一軒のコンビニを見つけた。

駐車場の線を無視して止める。

そこでやっと友人へ説明をすることが出来た。

だが相手は首を傾げてきょとんとしている。こちらの言うことが理解できない様子だ。

確かにこんな突飛な話信用できないだろうと考えてみたものの、どうも会話が噛み合わない。お互いに認識がずれている。

友人の言い分をきちんと聞いてみた。

――私が運転を代わって少し経った後、逆瀬川産が急に起き上がった。

そして、止めてと言いだした。

その通り、路肩へ停車するとカーナビを弄る。

目的地を設定した後、ナビの通りに進んでと頼まれた。

またすぐ眠ってしまったので、ナビに指示に従って進んだ。

途中で目的地が遊泳禁止の浜辺であることが分かったので、本当にこれでいいのか悩んだが、起こすのも忍びないので黙っていた。

予想通りの場所へ着いたので、どうしようか悩んでいるとまた逆瀬川さんが起きる。

あの林は珍しいもので、奥の方へ行くと海鳴りが上下左右から聞こえるのだと教えてくれた。一緒に行こうと言えば、まだ気分が悪いから眠っておく。ひとりで楽しんできてと送り出された。

外に出ると空の真上に満月が煌々と照っていて、林の中も照らしている。

ああ、これは綺麗だなとライトも点けず歩いて行った。

途中、突然電話が鳴ったので見ると逆瀬川さんからの電話だ。

立ち止まって操作しようとしていたら、すぐに着信が切れる。

顔を上げると逆瀬川さんが車の方からこっちに来る姿が目に入った。

聞けばまだ体調が悪いらしいので心配になったが、突然腕を引っ張られて車に乗せられた。そのままここまで連れてこられた――。

逆瀬川さんにはナビのセットや友人との会話など一切の記憶がない。

だいたいずっと眠っていたはずだ。

そして、空は満月ではなかったし、中天にかかってもいなかった。

それに林の中ではライトが必要なくらい暗かった。

他にもおかしな点が多々ある。

いろいろな情報を整理し、友人に包み隠さず伝えた。

彼女の顔が見る間に硬くなり、最後は泣き出しそうになっている。

「林の奥へ行っちょったら、私、どうなってたの……?」

もう、何も言葉が出なかった。

しかし、あの林の一件から二週間も過ぎないときだった。

友人が事故に遭った。

彼女が赤信号で停車していると、後ろから追突されたのだ。

相手は中年男性だが、どうしても自分の責任を認めない。

男性は「青信号なのに急ブレーキを踏まれたことが事故原因」と言って譲らない。

友人は「赤信号で停車し、ある程度時間が過ぎた後に後ろから追突された」認識だ。

しかし男性は更にこんなことを言い出す。

「アンタ(友人)の車内の後部座席に大きなぬいぐるみか何かが幾つも乗っているみたいで、後部ウインドウを塞いでいたようだから、後ろが見えなかったんだろう。だから車が来ていることに気づかなかったはずだ。こちらが注意して車間距離取りつつ減速していたことに感謝しろ」

しかし友人の車にぬいぐるみなどひとつも乗っていない。

ダニの温床になるからと避けているからだ。

これはすぐに証明されたが、男性は絶対に乗っていたと納得がいかない様子だ。

どちらにせよ急ブレーキ云々は警察に任せるほかなかった。

だが、互いの言い分が違いすぎて、解決まで長い時間が掛かった。

ドライブレコーダーがあればよかったのだが、友人の車には搭載されていない。

何とか友人は〈責任なし〉になったが、保険の担当が教えてくれたことがある。

「これ、相手がもう少しスピード出していたら大怪我か何かしていましたね。相手が低速だったからこれで済んでますよ。一歩間違えたら危なかった」

友人は血の気が引く思いがしたという。

そして逆瀬川さんも隣の市へ移動中、事故を起こした。

タイヤが突然バーストし、スピン。電柱にぶつかる直前に停車したことで助かった。

ひとつ言えば、タイヤは交換直後であり、新品であった。

現在も逆瀬川さんはドライブが好きである。

ただ、日が落ちた後、海岸線のコースは取らないことにしている。

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