Tさんが小学生の頃、引っ越しをした。
ある日母が、気になる夢を見たから一緒に出かけましょう、と言う。
どこに行くの?と尋ねると、K神社に行くというのだ。
夢枕に神様が立って、「この新居は方角が悪いから茨城県にあるK神社に行け」と告げられたのだという。
駅を出ると案内板にその神社が載っている。
小さな町を抜けると、やがて古くて小さな鳥居が見えた。
鳥居の前で掃き掃除をしているおばさんがいる。
「あのう、K神社というのは、こちら様ですか?」と母が尋ねた。
顔を上げたおばさんは、「あらめずらしい、そうですけどこんなところに御参りとは」と、いささか驚いた様子だ。
ふたりで鳥居をくぐって奥へ入る。
うしろからおばさんの声がするので振り返ると、「中へ入られてもあまり驚かれませんように」と言う。
よくわからないが、母は一礼して前へと進んだ。
ひなびた、社務所もない、小さな境内。
祠のような小さなお社が、ぽつんとあるだけだ。
Tさんはお母さんに小銭をせがんで、小さな賽さい銭せん箱ばこに近づいた。と、箱の中から両手の指先が出ている。
中に誰かいるんだ、と思って一瞬動きが止まった。
こんな小さな箱の中に?まさか。
賽銭箱に顔を近づけて奥をのぞくと、両手の間から小さな顔が見えた。
その目と目が合った。
その目が怖くて体が動かない。
「何してんの?」
その様子をうしろから見ていた母が声をかけた。
その声で体が動いた。
「母さん、中に誰かいる」
「なにが?」
そう言って賽銭箱をのぞいた母も、えっ、と言ったきり、動きが止まった。
次の瞬間、きゃああ、と大声を出してとびのいた。
ふたりで神社の外に駆け出すと、鳥居の前を掃除していたおばさんが待っていたかのように、「あっ、驚かれませんように。驚かれませんように」と言う。
「賽銭箱の中に」と言いかけると、「まあまあ、悪いもんではありませんから、お気になさいませんように」と笑った。
賽銭箱の中の顔は、今も鮮やかに覚えているという。
「私たちはそれをわざわざ見に行かされた、ということなんでしょうか」
Tさんはいまだに不思議で仕方がないという。