Kさんは土佐から芸人目指して大阪に来た。まずは部屋探しからだ。
そして、安いアパートを見つけた。
二階はすべて空いていたので八畳部屋と四畳半部屋、どちらも自由に選べた。大家さんは広い八畳部屋を勧めたが、Kさんは手の届くところにすべてがあるという状態が好きなので、四畳半を選んだ。
だが大家さんは、八畳をさかんに勧める。なんなら四畳半と部屋代を同じにするから、とまで言ってくれたが、新人芸人に贅ぜい沢たくは敵とばかりに四畳半を借りた。
しばらくして、彼女ができた。
ある日、部屋に泊まりに来てくれた。
部屋に入った瞬間、彼女の笑顔が固まった。
「誰?」と言う。
「誰?」
押し入れを指さし、「あそこ、あの中に、誰かいる」
「俺の部屋やで、他の人なんかおるわけないやんか」と押し入れを開けた。もちろん誰もいない。
ところが来るたびに彼女は誰もいない押し入れを怖がった。
そしてある朝「怖い」とひと言残して、とうとう泊まりに来なくなった。
彼女が来なくなってはじめての雨が降る夜のこと。
寝ていると、外から雨の音に混じって誰かが歩いて来る音が聞こえる。どうやらこのアパートに近づいて来るようだ。
その足音が一階の玄関に入って、そのまま、階段をギシギシと上がって来る。
傘をたたんだり、靴を脱いだ気配がない。
誰を訪ねてきたのかな、と思った。
しかし今も二階はKさんしか住んでいない。
彼女かな?と思った途端に身体が動かなくなった。
階段を上がる音が異常なほど大きくなる。階段を上がりきって止まった。
音がずっと動かない。
ところが動いた音がしたかと思った途端、ピタッ、ピタッ、とたったの二歩でKさんの部屋の正面に来た。
今度はじっと部屋の前にたたずんでいる。
ポタポタとしずくの落ちる音がする。
声が出ない。
突然目の前の押し入れの襖が開いた。
中に、白い着物の瘦せ衰えたおじいさんが手を組んだままうつむいて座っている。
このおじいさん、死んでる!
ピシャッひとりでに襖が閉じた。その瞬間身体の自由が戻った。
「うわあ!」
声が出た。
あわててとびおき、Kさんは雨などかまわず外に出た。
「ぎょうさんの人の中にいたい」と道頓堀に行った。
そこで土佐にいるはずのお父さんとバッタリ会った。
「親父。なんで?」
「ああ、出張や。そんなことよりお前こそこの雨の中どうしたんや?」
「親父、金持ってないか。あったら貸して、俺、今大変なんや」
そういって、引っ越すお金を借りるとすぐ部屋の解約に行った。
「なッ、そやから八畳にしとき、いうたのに。ほんまこんな夜中にめんどい」と大家さんにぼやかれた。