いけにえ(大阪府) | コワイハナシ47

いけにえ(大阪府)

大阪市内で現在、製造業を営んでいるTさんから聞いた話。

高校の時、友人と二人で川の堤防を歩きながら、ペットボトル飲料を片手に、どうでもいい話をしていた。

暑い夏の日だったので、だらだらと汗が流れ落ち不快だった。「あっちぃなあ、なんやもう空かあ」Tさんの友人は中身のないペットボトルを川に向けて投げた。

すると、ペットボトルはすっと消えるように川に沈んでいった。

空のペットボトルなんだから、沈まないで流れていく筈だよなとTさんは思ったが、暑さのせいもあって深く考えず、友人と話しながら家に帰った。

けれども、何故か、その沈んだペットボトルの光景だけが印象に残り、Tさんはしばらく忘れることが出来なかった。そして、同じ年の暮れに友人がその川で亡くなった。

死因は事故と自殺の両方で調べられ、今も原因は不明だそうだが、学校で友達も多く活発なタイプで、部活でも活躍していたから、自殺の線はないだろうとTさんは思っている。

そんなTさんは、ある日図書館に行った時に、地元の郷土史本が目に入ったので、何気なく手にとった。

そこには、こんな話が載っていた。

この町の堤に橋をかけようとしたが、川の流れのせいで、何度も土台が崩れてしまった。そこで橋を建てるために、人柱を堤に埋めることに決めた。

しかしどうやって人柱を決めればいいか分からない。仕方がないので、人柱の選び方を神社の宮司に聞いたところ、決して沈む筈のないものが沈んだら、神様がその人を求めた証拠となる。なので、瓢箪を村人が順番に投げ入れてみよ。沈む筈のない瓢箪が沈んだら、その人は生贄として川の神が選んだという意味になると告げられたと、書かれていた。

沈まない筈の物が沈んだという一文にTさんは、友人のペットボトルが沈んだ時のことを連想してしまった。

「あいつ、もしかしたらなんかの生贄になったんかな」ふと、そんな独り言が口から出て、Tさんはゾッとしたらしい。

後日、偶然Tさんと買い物先で会ったので、この話に出て来た郷土史本についての詳細を聞いてみた。

すると、今日はちょっと無理なんでと断られたのだが、二月ほどしてからTさんから連絡が来た。

「あの、どう話していいか分からなくって。図書館で見つけた郷土史本なんですが、探したけど見つからなかったんです。でも、強頸の絶間の話なんで、それだけ言っときます」

これだけを伝えられ、調べてみるとこんな伝承が見つかった。

淀川の水害を避けるために茨田という場所に堤を築こうとしたのだけれど、二ヵ所だけ何度築いてもすぐに壊れて塞ぐことができない難所があった。

すると、当時の天皇の夢に神が現れて「武蔵の人、強頸と河内の人である、茨田の連衫子の二人を川の神に捧げたなら、必ず堤を完成出来る」と知らされた。

武蔵の人、強頸は嘆き悲しんで川に人柱として沈められ、難所の一ヵ所の堤は完成させることが出来た。だが、河内の人・連衫子は、夢枕に立った神のお告げを信用出来ないとして、こんなことを言い出した。

「瓢箪を二つ川に投げ入れて、この瓢箪を水の中に沈めることができれば、本当の神のお告げと思って、私は水の中に入って死んでやろう。瓢箪を沈めることができなければ、それは偽りの神のお告げであるだろうから、死ぬことは出来ない」

するとどこからともなく突風が巻き起こり、瓢箪が水の中に引き入れられそうになった。だが、軽く浮き沈みを繰り返しはしたが、瓢箪は波の上を転がるだけで決して沈まず、川面に浮かんだままで流れ去った。

それで連衫子は人柱にならず、難工事であったけれど堤も完成することが出来た。その堤の難所の二ヵ所を強頸絶間、衫子絶間とそれ以来呼ぶようになったという。

Tさんから聞いた話と詳細は異なるが、調べたところ、こんな伝承だということが分かった。

強頸絶間が人柱になったのではないかと言われる場所は、大阪の旭区の千林にある。普通の住宅地の片隅にあり、案内板だけが当時の記憶を物語っている。

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