橋の人(神奈川県) | コワイハナシ47

橋の人(神奈川県)

橋の人

神奈川県の津久井湖畔に生家がある青木一弥さんと双葉さん兄妹は、小学生の頃、橋を渡って湖の向こう岸にある小学校へ通っていた。今から二〇年近く前のことで、当時は二人ともその橋が有名な心霊スポットだとは知らなかった。一弥さんと双葉さんの親はそんな噂があることを出来るだけ二人に隠しておきたかったようだ。

一弥さんは、登下校はなるべく二人一緒に、車に気をつけて橋を渡るようにと両親から注意されていた。一弥さんにとって二つ下の妹と歩くのは退屈なことだったから、これには不満だった。確かに橋は二車線の道路になっていて、ちゃんとした歩道が無かったが、交通量は少なく、登下校の時間帯にここで車を見かけることは少なかったのだ。

ただ、ときどき学校から帰ってくるときに、橋の上に白いワゴン車が停まっていた。

橋の中央付近に、自分たちの進行方向とは逆向きに、つまりこちらを向いて駐車していることが一週間か二週間に一回ぐらいあった。

一弥さんはなんとなくこの車を見たことがあるような気がしていたが、珍しい車種ではなかったし、はっきりした記憶があるわけでもなかった。

車の運転席には二人の父よりは祖父に歳が近そうな年輩の男性が座り、ぼんやりと湖の方を眺めている。ベージュの上っ張りを着て、青黒い顔をして。

一弥さんが五年生の一二月、双葉さんが重い肺炎に罹って入院した。二学期が終わったら、冬休み明けまで一弥さんは母方の祖父母の家で過ごすことになっていた。

学校からの帰り道、またあの車が橋の上に停まっていた。

ただし、いつもとは違って、ベージュの上っ張りを着た男が車の外に出ていた。橋の欄干のそばに湖の方を向いて佇み、その隣に男と同じ姿勢で立っているのは──。

「双葉?双葉だろ?おーい!」

病院で寝ているはずの妹がいたので、一弥さんは大声で呼びかけて駆け寄ろうとした。

ところが少しも近づかないうちに、二人と車が掻き消えて、橋の上には一弥さん独りが取り残されたのだった。車が停まっていた跡が濡れて黒くなっていた。

怖くなって泣きながら走って帰ると、父が待ち構えていて、妹が入院している病院へ車で連れていかれた──このとき双葉さんは重態で、幸い命を取り留めたが、今夜が峠だと言われていたのだという。

その後、例の男について両親に話したところ、恐らく一弥さんが三歳の頃に自殺した親戚だとわかった。遺体だけ湖で発見され、乗っていた車は見つかっていない。「あれは一弥を可愛がっていた。あの橋には幽霊が集まるんだ」と彼の父は言っているそうだ。

雨の橋(神奈川県)

前項の体験談の舞台、津久井湖は城山ダムの建設に伴って出来た人造湖である。一九六五年に竣工したそうだが、今訪れると、完成から半世紀以上を経た湖畔の景色には自然な情緒があり、湖底に一一集落、合計二八五戸の人家が沈んでいるとは思えない。

私が取材したときは、この湖の一部と、近接する戦国時代の山城の遺構・津久井城跡を利用した《県立津久井湖城山公園》が全面開園を目指して造成工事を進めていた。すでにオープンされたところもあり、津久井湖周辺を観光する際には是非立ち寄ることをお勧めする。

津久井湖は元より見どころが豊富で、わけてもよく知られているのが三井大橋だ。

三井大橋は長さ二一二メートルのランガー橋で、空高くのびやかに弧を描く朱色のアーチが特徴だ。鮮やかな朱赤が湖畔の緑に映えて美しく、見物に訪れる人が絶えない。《かながわの橋一〇〇選》に選ばれたと聞いても、さもありなんと思うほかない。

この立派な橋がマスコミで度々、心霊スポットとして喧伝されているのは、地元の人たちにとっては迷惑な話だろう。困った噂の原因は、前述した湖底の集落の存在と、橋から身投げして自殺を図る者が多かったためだと思われる。

昨今はさまざまな自殺防止対策も取られているようだが、依然として、欄干から下を覗くと見えない力が働いて湖の方へ引き摺り込まれそうになるとか、雨の夜更けに女性の幽霊が現れるなどと、噂が尽きない。

旧津久井郡内の寺院による津久井四町仏教会では、似たような経緯を持つ相模湖と津久井湖の施餓鬼会を毎年交互に行っている。従って津久井湖では一年おきに施餓鬼会が行われ、自死者のみならず、建設に伴った事故死者や水難事故死者、そして湖底に眠る祖霊を慰めるために御詠歌を奉詠して供養しているのだ。

心霊スポット巡りが好きな大西徳真さんが三井大橋を訪れたのは、二〇一二年の七月初旬のことだった。日中は晴れ間も出て、明日は晴れるという予報だったのに、深夜、橋のたもとで車を降りたときから急に雨が降りはじめ、たちまち土砂降りになった。

傘を差して橋を渡りだす……と、真ん中辺りに差し掛かったとき、背後から駆けてくる足音がした。厭な予感を覚えつつ振り返る。

すると、髪の長い女が一人、傘を差さずに橋のたもと近くに佇んでいた。

凍りついた徳真さんを足音だけが追い越していき、しばらくして女の姿が掻き消えた。

あの女は、足音が橋を渡り切ると同時に消えたのでは……と徳真さんは思っている。

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