墓参(京都府) | コワイハナシ47

墓参(京都府)

十年ほど前の話。

身を切るような寒風の吹く冬の夜。壬生にあるお寺でのこと。玄関から訪問者らしい人の声が聞こえる。

時計を見ると九時を指している。遅いというほどの時刻ではないが、普段この時間に人が訪ねてくることはほとんどない。

はて?と住職は首をひねった。こんな時間に来るのは何か特別の用件かもしれないと思って玄関に足をはこんだ。よほど急いでいるのかその間中、絶え間なく声が聞こえた。

どちら様でしょう?何か急な用事でも?と戸越しに声をかけると、新撰組隊士のお墓がこちらさんにあると聞いてきたんですが、お参りさせてください、という。

もう夜も遅いので明日にでも、と断ったが、帰るどころか玄関の前を動く気配すら感じられない。

仕方なく戸を開けると、見知らぬ中年男性が身を縮ませて足踏みをしながら立っていた。驚いたことにこの寒空の下、パジャマに裸足はだしだ。

いったいこの恰かつ好こうは?と思ったが、とりあえず中に招き入れた。

体が温まって少し落ち着いたかと思ったとたん、男は早口でことの起こりを話し出した。

自宅の部屋でちょっと寝酒を口にして床に入っていた。すると背後から「墓へ参れ」という声がした。

声の方を振り向くと、部屋の奥に腰に刀をさしたような姿の男が立っている。

それもひとりやふたりではない。

何だ?

なぜこの部屋にいるんだと呆ぼう然ぜんとながめていると再び「墓へ参れ」と声がした。

眠気も酔いも吹き飛んだ。

「M寺にわしら隊士の墓がある。お経を唱えっ!」

三度目の声に驚いてそのままの恰好で外に飛び出た。

家から出てはみたが、M寺がどこにあるどんな寺なのかまったくわからない。

通りで出会う人に尋ねながら四条大宮の駅前まで来ると、そこでやっと寺を知っている人に出会い、どうにかここまでたどり着いたという。

にわかには信じられない話だと思ったが、この男性の異常ともいえる姿を見ていると、そうそう作った話とも思えない。住職は男を七、八基ある新撰組隊士の墓の前に案内した。

男性は墓前に正座したかと思うと、流暢に般若心経を唱えはじめた。

パジャマに素足という非常識な姿で現れた人物だっただけに、般若心経を空で唱えたのには驚き、感心した。

さらに驚いたことに読経は四度に及んだ。

五回目を唱えようとしたので「もう遅いですし、近所迷惑にもなりますから」と無理やり墓の前から引き離した。

とりあえず衣服を貸すと、男性は近いうちにお返しにうかがいますと深々と頭を下げて帰っていった。

今の時代に、何の縁もない人が突然隊士の墓参りとは奇妙極まりない、と住職は頭をさすった。

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