犬のぬいぐるみ(大阪府) | コワイハナシ47

犬のぬいぐるみ(大阪府)

天神橋に住む、保護犬のボランティア活動をされているYさんから聞いた話。

僕ね、実は昔やけど、親父に殺されかかったことあるんです。

親父は大手の法律事務所に勤務する弁護士でね、所謂イソ弁でしたわ。

母親とはそこの勤務先で知り合ったらしくてね、結婚して三年目で僕が生まれたんです。

僕が小学校四年生の時に、親父が急に独立するって言ってね、北浜の辺りに綺麗なオフィスを借りたんです。

同僚がアソシエイトからパートナーになったのを見返してやりたいとか、そういう理由やったと思います。

今思えば親父は、えらい見栄っ張りやったんやなあ。

でも、タイミングが悪かったみたいで、親父が独立した頃から急に同業者の弁護士が増えだしたんです。知ってます?

新司法試験制度で、それまで年に数百人だった弁護士の合格者数が、数千人に増えて。当時の小泉改革の影響ですわ。

それだけやのうて、親父は弁護士としては優秀やったみたいやけど、お客さんを引っ張ってくるのは下手糞でね。

母親が作ったホームページの問い合わせから来る客は月に二、三人やったかな。今みたいにインターネットで法律相談とかも知れ渡ってなかったから利用者も少なかったし、そもそもパソコン持ってる人も多くなかった。

それに親父は変にお人よしでね、利益よりもお客さんの相談にとことん付き合うタイプやったみたい。

金が無いって言われたら、支払いも待ってたみたいやしね。

そんな親父に愛想尽かして、浮気でもしとったんかな。うん、しとったんやろうな。僕が小学校六年生の時にある日、母親が手紙を残していなくなったんです。

いや、手紙の中身は知らないんですよ、親父があまりにも哀れでね。

部屋で手紙を握りしめて、ずっと親父はおいおい泣いてたから。

それから、親父ちょっとおかしくなって、お客が来ても生返事やし、電話対応も変でね。

アポもすっぽかしやってたみたいやし、そんなんやったからお客さんも完全におらんようになってしもうて。弁護士会の会費も払えんようになってね、仕事しばらく出来へんようになったんです。

オフィスも住んでたマンションも引き払って、そっから小さな市営住宅に引っ越しました。

中学生やったから、新聞配達でもなんでもするで親父、二人で頑張ろうや、って言ったんですけど、親父が僕の顔見て「そやな」と言ってニッと笑みを浮かべたんです。

その時の顔がこうなんとも言えず凄くってね。

親父のことを思い返す度に、あの時の表情が浮かんでしまうんです。

その翌朝、親父が妙に明るくてね、家の中が毎日お通夜みたいなんが嫌だったから、暗い気持ちで毎日おったんですけど、親父が珍しく元気そうな顔だったのが嬉しくって、僕も久々に清々しい気持ちで学校に行ったんです。

何かいいことあったか、新しい仕事先の目途でもついたんかなって、その日は思ってたんですよ。今思えばあれが、前振りやったんですけどね。

もし、あの日に戻れたらって、今も時々思うことがあるんです。

その日、学校に行く途中、黒いボロボロの犬のぬいぐるみが捨ててあってね、なんでかなあ、僕そいつが凄い可哀そうに感じて拾ってしまったんです。

雨水が染みてたんか、手にしたら、ぐじゅうって黒い汁が滴るような汚いぬいぐるみやったんですけどね。校舎の裏に隠して、帰りに抱えて持って帰ったんです。

風呂場で洗面盥にお湯溜めて、そこで洗濯して、水気を絞る時も、綺麗になるんやから、堪忍してねって言いながらギューッと絞って、そうしてからベランダに干してね。

別に僕、ぬいぐるみが特別好きとかそういうのもなくって、なんでかそいつがほっとけなかったんですよ。

その夜、なんかパッと目が覚めてね。喉が渇いたから水でも飲もうと立ち上がろうとしたら、体が少しも動かせないんです。金縛りみたいに。

首だけはなんとかちょっとだけ動かせたから、横に寝てる親父を見たらね、棒みたいな黒い影が親父を覗き込んでいたんですよ。

そしてね、急に窓がガラガラと開く音がして「もう大丈夫や、あんたは生きや。俺が身代わりになったるわ」って声がしたんです。

だれやろう、聞き覚えのない声やなあ、なんて考えるうちに、気を失ってしまって、目が覚めたら病院でした。

医者からは軽い一酸化炭素中毒やったって話をされてね、それからしばらくして警察から、親父が練炭自殺したことを聞かされました。

寝ていた部屋に、七輪で練炭炊かれてたんですよ。

遺書は履歴書の裏に、擦れたボールペンの字で書かれていたらしいです。嫌なんで遺書の現物は見てないんで詳しい内容は親戚から聞いただけなんですが。

遺書の内容は、上手く行かない人生の愚痴ばっかりだったみたいで、僕についてはただ一行、このまま一人生き地獄にいるよりも、早く一緒に楽になった方が幸せだとか書いてあったそうで。

警察の現場検証があって、どうして僕だけが助かったのかって話になったんですが、僕の方が窓に近く、若くて体力もあったから、無意識に窓を開けたんだろうって結論になったんです。

あの時窓を開けたのも、身代わりになったのも僕は、あの拾ってやった黒い犬のぬいぐるみやないかなって思ってるんです。

ベランダに干してたの、無くなっとったしね。

いや、ただ、そんな気がするってだけで、確証もなにもないんですけどね。

でも、あの日に犬のぬいぐるみを拾ってなかったら、親父とあのまま死んでいた気がして仕方がないんです。

Yさんとの取材は、何日かに分けて行なったのだけれど、毎回話を終えた後に、父親との出来事があった影響もあって人が信じられないし、誰に対しても不信感を持ってしまうと、とても苦しそうな表情で語っていた。

ただ、動物に対してだけはYさんは信頼を感じることが出来るという。

ここ最近、コロナ禍の影響で安易に飼い始めた人が増えたせいか、捨て犬や、捨て猫がますます増え、人の世界に対して信頼を無くしてしまっているというYさん。

現在保護犬のカフェも営んでいるというが、経営はかなり厳しいという。しかし、どんなに辛くても、純粋な目をした動物たちのおかげで仕事を頑張ることが出来るのだそうだ。

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