神農に会った話(大阪府) | コワイハナシ47

神農に会った話(大阪府)

「大阪の祭りはえべっさんに始まり神農さんで終わる」

大阪の「とめの祭」とも呼ばれる神農祭の「薬祖講」の行事に纏わる不思議な話を、一月の初めの頃に、雪がチラつく寒さの中、缶コーヒーで暖を取りながら聞いた。

話をしてくれたのは、弁天町在住の樋口さん。屋内で話すと感染リスクがあって怖いんで、感染する可能性が低い外で、ソーシャル・ディスタンスを保っていてマスクをして話しましょうと言われたので、屋外での怪談取材となった。

「コロナで世の中が色々と大変なことになっとるやないですか。だから僕ね、ご利益のありそうな神農さんに行ったんです」

神農さんと呼ばれている神農祭は、文政五年(一八二二年)に大坂でコレラが大流行した時に、道修町の薬種仲買仲間が病除けの薬として「虎頭殺鬼雄黄圓」という丸薬を作り「神虎」(張子の虎)と五葉笹をお守りに授与したことが始まりだそうだ。

コレラの疫病退散が起源の祭りなので、コロナ禍の早い終息を願い参拝する人が多くいるようだ。

マスクで眼鏡を曇らせながら樋口さんが語ってくれた。

「マスクと手洗いだけは欠かさないんやけど、もうコロナそのものをどうにかして欲しいって思いで、神農祭に行ったんです。

例年と比べたら人は少なかったんですけど、やっぱ困った時の神頼みなんやろか。結構、笹を授与する場所は混んでましたねえ。疫病退散祈願で疫病を貰ったなんて洒落にならんから人混みをなるべく避けて、神農祭の笹だけを貰ってさっさと家に帰ろうと思いまして。ささーっと笹を授与して持参した紙袋に入れて、電車乗って家の最寄りで電車から降りたんですよ。

そしたら、手に持ってた、神虎のついた笹を入れた紙袋が無いんですよ。うわあ、しまったあ、あんなに遠くまでわざわざ行って、笹貰ったのにアホやなあって呆れてもうて。多分、忘れたん電車の中やと思ったんで、仕方ないから駅員さんに忘れ物として届いてないか連絡入れたんです。で、寒い日やったからお風呂に入ってぬくもってたらね、脱衣所で紙袋をくしゃくしゃにするような音がするんです。

俺、一人暮らしやから鼠かなんかかなって、風呂から上がって、脱衣所に出たら鏡の前に、全裸で半透明の女が浮いてたんです。意味わかります?体がね、クリオネみたいに透けとったんです。内臓の部分は赤い紅を指したみたいにちょっと赤くて、血が走る血管部分も体ん中で見えて、頭や手足の先は氷砂糖みたいな色していました。

で、えええええって声を上げたら、蝶々が舞うみたいに、ひらひらと手を大きく動かしながら窓の方に行ってね、目の前で溶けたみたいに一瞬でぺちゃんこになって消えたんです。

意味不明なもんに遭遇してもうたなあって不思議な心地で、半透明の女の人が立っとった場所の辺り見てみたら、床にべたっと濡れた笹の葉が一枚落ちとったんです。

落ちた笹の葉を拾い上げた時に、雷に打たれたみたいに、ああっ!って気が付いたことがあったんですよ。

それは何やったかっていうと、さっきいた人は、もしかしたら神農様やったんと違うかなってことなんですよ。だって、体が透けとったから。

伝説によると、神農様の体は脳と四肢を除いて透明で、内臓が外からはっきりと見えたって書いてあったし。

神農様は透けた内臓を民に見せながら、野の百草を食べて毒か薬かを調べて、毒があれば透けている内臓が毒気で真っ黒くなるので、食べられる草なんか、食べられへん草なんか、薬になる草なんか、どんな薬効があるかを教えることが出来たらしいんです。

でも、絵や彫刻で伝えられる神農様は、俺が見たような女やなくって、牛の角が額にあって木の葉の衣を纏った男なんです。

理由は分からんけど、コロナで大変な世の中やから、神様も心配してあちこち笹を持って見まわったりしてるんかなと思ってます。

結局、電車で無くした神虎が付いた笹は見つからなかったんですけどね。

多分、紙袋に入れて持ち歩いてたからゴミと間違われたか、誰かが持ち帰って、面倒くさいから拾得物届けを出さなかったんじゃないかなと思ってます。

他の土地はよう知らんけど、大阪は年の初めのえべっさんも笹がいるし、止めの祭りの神農祭も笹がいるでしょ。なんで笹なんかは知らないけど、きっと大切な依代か何かなんやろうな」

樋口さんから聞いた話が気になったので、どうして笹を飾るのか調べてみた。

諸説あるようなのだが、笹は、真冬でも青々とした葉を茂らせる強い生命力にあふれており、まっすぐに育つので病魔を退け、福を招くからというのや、苦難や逆境に耐える植物だから、辛い時に笹を見て気持ちを奮い立たせたといった由来があるらしい。

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