夜鳴く犬(茨城県) | コワイハナシ47

夜鳴く犬(茨城県)

都内近郊の専門学校生、C君よりうかがった話である。

彼の住まいは、東京の北の外れにあるアパートの六畳間。二十三区はもちろん近隣と比べても家賃が格段に安いのが決め手となり、即決で借りたのだという。

「かと言って、異様にボロいわけでもなく、ごく普通のアパートなんです。通学時間の長さだけ我慢すれば、こんな良い条件ないですからね。大満足でした」

あの日までは。

C君はある朝、隣の部屋に住む男性とたまたま駅のホームで一緒になった。

何度か挨拶こそ交わしているものの、名前も知らなければ職業も定かではない。会話に詰まったあげく、彼は家賃の安さを話題として男性にふったのだそうだ。

「えっ」

男性の表情が強張った。

彼の部屋は、C君の倍近い値段だった。

「……何か、あるんじゃないですか、おたく」

冗談とは思えぬ口調でそう言い残すと、男性は改札へ向かう雑踏に消えていった。

「彼の背中を見ながら、〝そう言えば〟と、気になる事を思いだしたんです」

犬が、鳴くのだという。

深夜、バイトから帰宅してベッドに寝転がっていると、窓のすぐそばで「ワウ」と犬の短く鳴く声が聞こえる。

声は、決まって夜更かしをしている午前二時近くに届いた。

「いつの間にか止んでいるので、あまり気にしていなかったんですが……よく考えたら、窓の向こうにあるのって、潰れたスナックだらけの貸しビルなんです」

その時は、「気まぐれなバーのママが、店に放しているのかな」などと、いたって気楽に考えていたそうだ。

「間違いでしたね」

その日のバイトは、とりわけキツかった。

「深夜シフトのバイト君がインフルでダウンしちゃったんです。ピンチヒッターが俺しかいなくって、十二時間ぶっとおしで」

疲労困憊してアパートに着く頃には、時計の針は二時をまわっていた。

上着を床に放り投げて、ベッドに倒れこむ。電気をつけるのも億劫だった。

筋肉痛にあえぎながらも、ようやく睡魔に襲われはじめた頃。

「ワゥ」

あの声がして、眠気が引き剝がされた。

そのうちおさまるだろうという彼の思惑に反し、その日の声はしつこく、いっかな止む気配を見せなかった。

苛立ちがつのる。神経が昂る。何度目かの声が届いた瞬間、堪えきれなくなったC君は衝動的に立ちあがって窓を開けた。

「ッるせぇなオイ、真夜中に犬なんか遊ばせてんじゃ」

「わぅ」

足もとで声が聞こえた。おそるおそる、視線を下に向ける。

コンクリを打っただけの狭いベランダに、巨大な干物があった。

干物には猿に似た目鼻がついていた。唇の隙間から、黄ばんだ歯が見えたという。

「わぅ」

干物がもう一度吠えたと同時に、腰を抜かして表へ逃げだした。

「それで、友達のアパートへ泣きながら転がりこんだんです。友達も、はじめは〝お前、寝ぼけたんじゃねえの〟と笑っていたんですが……」

C君の話を聞いていくうちに、その顔が次第に強張りはじめた。

「それ……犬の鳴き声じゃなくて〝あよ〟って言っているんじゃないか。俺、出身が茨城なんだけど、ウチの方言で〝おい〟って意味だよ……なあ、お前」

呼ばれてたんじゃねえの。

「その後……ネットで調べるうちに判明したんです。ウチの町内で昔、殺人事件があったらしくて」

被害者は、中年の男性。加害者はその妻だった。彼が調べたところでは、口喧嘩の末に妻が夫を包丁で刺し、遺体を長らく押し入れに隠していたのだという。だが、夏になって悪臭に耐えられなくなった妻は、遺体をブルーシートでくるんでから、ベランダに放置した。結果、腐臭に気がついた住民の苦情で事件が発覚したのだそうだ。

「けれど、まさかウチじゃないよな、偶然だよなと思いながら、さらに検索したんです。そしたら、被害者の同級生って人のブログを見つけて……出身地が書かれていました」

被害者は、茨城県出身であったという。

間もなくC君は引っ越した。

アパートは、まだある。

【茨城の怪談】

茨城を舞台にした怪談では、「羽生村事件」が有名である。顔が醜いあまりに殺された助と累という女二人にまつわる祟りの物語で、女たちの殺害場所となった鬼怒川近辺の土地は累ヶが淵と名づけられ、やがて事件そのものも「累ヶ淵」と呼ばれるようになった。のちに三遊亭円朝がこれを下敷きに『真景累ヶ淵』を創作して人気を博した。市内の法蔵寺には助や累の墓があり、市の指定文化財になっているが、ここでは火の玉の目撃例が多い。また累ヶ淵の近くには、助の霊が河かつ童ぱとなって泣き叫んだという霊山寺淵があり、ここでも怪奇現象の目撃があとを絶たない。

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