猫の居る部屋(埼玉県 秩父地方) | コワイハナシ47

猫の居る部屋(埼玉県 秩父地方)

編集者のJさんが、祖母から聞いたという不思議な話を教えてくれた。

「祖母の生まれは埼玉県の秩父地方で、実家は周囲同様に養蚕農家でした。昔は人間より蚕のほうが偉く、生活のすべてが蚕を中心にまわっていたと祖母からは聞きました」

その頃の、出来事だそうです。

ある放課後、祖母は同級生の家へ遊びに出かけたのだという。

縁側でおままごとを楽しんでいると、ふいに家の何処かで「にゃあ」と声が聞こえた。当時、そのあたりでは猫を飼っている家は珍しくなかった。養蚕農家にとって大敵の鼠を捕まえるためである。彼女の家もそうなのだろうと、祖母は疑いもしなかった。

ところが「にゃんこ見せて」と頼んでも、同級生は「ウチには猫なんて居ないよ」と、不思議そうにかぶりを振った。その間にも、猫の声は絶えず聞こえている。

戸惑っていると、同級生が「あ」と小さく叫んで立ちあがった。

「もしかして」

そう言うなり、同級生は唇へ人差し指をあてて、静かにするよう無言で告げてから、祖母の袖そでを引いた。

連れられるままに辿り着いたのは、廊下の奥にある和室だった。

「ちょっとだけ襖を開けてね。静かに覗かないと逃げちゃうからね」

小声で囁いて、同級生が祖母を促す。

なんだ、やっぱり猫が居るんじゃないか。どうして居ないなんて言うんだろう。

同級生の態度に釈然としないものを感じつつも、祖母はそろそろと襖に手をかけた。

隙間から縦に射しこんだ光の筋が、畳から床の間までを一直線に照らしている。床の間には、何も描かれていない無地の掛け軸がだらりと下がっており、その手前で、一匹の猫が遊んでいた。

輪郭のぼんやりとした猫だった。薄墨でもまとったように、身体の線が覚束ない。

光の加減かと思ったが、よく見れば目鼻も耳も、妙に落ち着きがなかった。

「運がいいね、めったに見れないんだよ」

同級生が興奮した口調で呟く。と、表でトラックの停まる音が聞こえ、間もなく同級生の父親が汗を拭き拭き帰ってきた。

「あれ、おんなし(女の子たち)、何してけつかる」

襖の前で佇むふたりを見て、父親はにやりと笑った。

「おお、ウチの猫絵がまた遊んでらしたんか。ま、アレがあるからウチではオコサマが鼠にやられねえんだ」

父親はそう言ってから襖に向かって、音を立てぬようそっと柏手を打った。

翌週、再び同級生の家を訪ねた祖母は、あの部屋をこっそりと覗いてみたのだという。

猫は何処にもいなかった。

無地だったはずの掛け軸には、洒脱な筆さばきで一匹の猫が描かれていたそうだ。

【新田猫】

岩松新田家の代々の殿様、岩松義寄から俊純まで四代の殿様がそれぞれ描いた猫の絵を総称してこう呼ぶ。鼠除けに効果があるとされ、埼玉や群馬などを中心に養蚕農家の間で重宝されたという。四代の殿様は「猫の殿様」と呼ばれ、大変に愛されたそうだ。

かつて養蚕がとりわけ盛んであった埼玉県では一九九五年、着物の帯地用として育てられていた黄緑色の繭をかけあわせ「いろどり」という新しい繭を完成させた。現在でも「いろどり」は、昔ながらの養蚕地、秩父地方を中心に生産されている。

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