石見銀山 千人壺 わすれんで(島根県) | コワイハナシ47

石見銀山 千人壺 わすれんで(島根県)

数年前の話だと聞いた。

Hさんという女子大生が、叔母を連れて島根県の石見銀山を訪ねた。

石見銀山とは、かつて日本最大の銀の採掘場として栄えた山である。現在では観光地となっているが、彼女が訪れた時期は世界遺産に登録された直後とあって、大型観光バスがひっきりなしに往来する盛況ぶりであったそうだ。

「銀山って暗いイメージがあったけどそうでもなかったね、なんて話していたんですが」

その日の午後。ひととおり散策を終えたふたりは、観光名所となっている寺院の界隈を訪れていた。石の橋が随所に架かる、趣のある場所であったそうだ。

と、石彫りの仏像に感心しながら闊歩していた矢先、前を歩いていた叔母が、「うあ」と絞りあげるような声を漏らすなり、その場にうずくまってしまった。

体調を崩したかと慌てて背中をさする彼女に、叔母は青い顔で「違うの」と言った。

「そこの小川に人がいたの。生きていない人が、いたの」

数分前、叔母はHさん同様に風情あふれる景観を楽しんでいたのだという。

ふと、広い境内を流れる小川へ視線を移す。

「きゃっ」

肋骨の浮きあがった半裸の男が、川の中に横たわっていた。

男は半身を水底へ沈めたままでこちらを睨めつけている。首や胸のあちこちに切り傷が走っており、うつろな眼には光がない。生きている者ではないと、直感で知れた。

どうして良いものやら解らず黙って視線を交わしていた叔母へ、男が唇をふるわせて何事かを告げた。

「わすれんでごせ」

声が耳許で聞こえたと同時に、男の姿は見えなくなっていたという。

「その時は、叔母の話をまるで信じていなかったんです。慣れない旅で疲れて、幻覚でも見たのではと思って。けれど……」

「あれ、どがした」

ひとまず休憩しようと訪れた茶屋で、ふたりは店員の老女に声をかけられる。

何と説明すべきか悩んでいると、叔母が「わすれんでごせ、ってどんな意味ですか」と訊ね、続けて今しがたの出来事を老女に伝えた。

話を聞いていた老女の顔が、苦虫を嚙み潰したような表情に変わっていく。

「……そらあ、きっと千人壺の人を見たんじゃろねえ」

聞き慣れない単語に戸惑っていると、老女は二人の隣へ腰を下ろして、ゆったりした口ぶりで話しはじめた。

「この先に千人壺いうのがあってな。昔は、死ねた罪人や病人が捨てられたらしいんじゃ。ほれ、今は世界遺産て騒いどるけ、そういうおぞい(怖い)場所は、なんもなかった事にされとんのよ、じゃけえ」

ワシらを忘れんで、って言うたんじゃろなあ。

老女は、ひとり納得した様子で、何遍も頷いた。

「何のゆかりもない土地でしたから、叔母がどうして選ばれたのか、理由は今も解りません。ただ……おかげで、彼の願いどおり、忘れられない旅になったのは事実ですね」

Hさんは寂しそうに微笑んで、話を終えた。

【千人壺】

石見銀山にかつて存在したとされている遺体処理用の縦穴。銀を盗んで処刑された者の遺体や重篤な病人などが放りこまれたとの言い伝えがあり、その数の多さから千人壺の名がつけられたと言われている。石見銀山が世界遺産に指定されたのと前後し、観光案内のパンフレットや資料館の展示などからは情報が削除された。情報が伝承のみに留まっており、正確な記録が確認出来ない事がその理由であるそうだ。敷地内にはその高潔さゆえ特別に墓の建立を許された、二十山弥四郎という罪人の墓碑が立っているという。

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