人形供養の神社でしゃよなら(和歌山県) | コワイハナシ47

人形供養の神社でしゃよなら(和歌山県)

大阪にお住まいの、Nさんという男性からうかがった話である。

その日、彼は新しい取引先との打ち合わせで、和歌山市の郊外を訪ねていた。

「当初は話し合いが難航するかと危ぶんでいたんですが、呆気なく終わっちゃいまして。結果、ずいぶんと時間が余ってしまったんですよ」

まっすぐ大阪に戻るのも何だし、海の幸でも食べて帰るか。

そんな思惑のもと、車で海岸線を探索する事にしたのだという。

ハンドルを握りつつ飲食店の看板を探しているうち、彼は浜辺の近くにぽつんと建つ、朱塗りの建物を見つける。

お、神社かな。お参りでもして行くか。

駐車場へ車を停め、社殿を目指して歩きだす。

境内に入るなり、ぎょっとした。

人形、人形人形人形人形人形人形人形人形人形。

拝殿は、数えきれないほどの人形でびっしりと埋め尽くされていた。

室内はおろか縁の下や階段まで、ぎちぎちと人形が肩を寄せあうように並んでいる。

何だこれは。

驚いて境内を見渡すと、神社の縁起を記した看板がある。どうやら此処は人形供養で有名な場所であるらしいと知って、ようやく胸を撫でおろした。

「いやあ、何も知らぬまま行った方は絶対に仰け反ると思いますよ。本当に零れそうなくらいの数でしたからね。圧巻です」

無数の人形が置かれている理由は把握したが、無数の目に見つめられるのは正直言って気持ちの良いものではない。頭を下げて柏手を打つと、早々にその場を離れた。

その日は、それで終わった。

再びその神社を思いだしたのは、数年後の昼下がり。

母親の葬儀を終えて、実家の整理をしている最中だった。

「何だこれ」

遺品を片づけていた彼は、小さな木箱を押し入れの奥に見つける。蓋を開けてみると、箱の中には一体の古びた日本人形が横たわっていた。

「市松人形と言うんでしたっけ。幼い女の子がおままごとで遊ぶような、あの人形です。最初は、〝骨董屋にでも売ろうかな〟と思っていたんですが……」

蓋に筆書きされていた日付を確かめると、彼が生まれる二年ほど前に買い求めた人形らしいと判明した。

「そういえば」

母は晩年、Nさんを産む前に流産を経験しているのだと漏らしていた。

もしやこれは、生まれてこなかった姉のための人形だったのではないか。

涙をにじませる母の顔を思いだした瞬間、無下にはできなくなった。

「それで……ふと、あの神社が頭に浮かんだんですよ」

到着する頃には、すっかりと夜になっていた。

「本当なら、事前に予約しないと預けられないそうなんですが……その時はもう、一刻も早く供養してしまいたいという気持ちで。社殿にこっそり置いて帰るつもりだったんです」

駐車場に車を停めて様子をうかがう。幸い、境内には誰もいないようだった。

念のため、散歩のふりをして確かめるか。

外へ出て、境内を散策する。

薄暗がりに並んだ人形の群れは、いっそう不気味だった。

前回は慌てて立ち去ったので気がつかなかったが、よく見れば石碑の周辺や手水場のあたりも人形で埋まっている。

そのすべてが、自分の立っている方向へまなざしを向けていた。

さ、さっさと済ませちまおう。

早歩きで境内を抜け、駐車場へ戻る。

「ところがですよ」

車のドアを開け、助手席に転がしていた木箱を開けるなり、彼の口から「えっ」と声が漏れた。

箱に収めていたはずの人形がない。

忘れてきたのか。でも箱からは出していないし、盗まれたとも思えないし。

混乱しつつ必死に状況を吞みこもうとしていた、その最中。

「しゃよなら」

舌足らずな声が、背後で聞こえた。

驚いて思わず首をすくめ、そろそろと振りかえる。

境内へと不器用に走っていく、ちいさなちいさな背中が見えた。

「おねえちゃん」

無意識に、呟いていた。

声に反応する事なく、ちいさな背中は境内の暗闇へ消えていったという。

ずいぶんと長い間手を合わせてから、Nさんは神社をあとにしたそうだ。

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