人格憑依(神奈川県) | コワイハナシ47

人格憑依(神奈川県)

神奈川県在住、篠崎涼真さんの談話。

「一〇年前、私の友人Aは専門医から二重人格であるとの診断を下されました。

本来、二重人格という名称は現代の精神医学では認められておらず、かつて多重人格障害と呼ばれていた解離性同一性障害の症状の一部がそのように見えるだけだと言われています。幼少期に心的外傷を繰り返し受けたことで、心をガードするために記憶の一部が遁走する癖がついてしまい、それが複数の人格をもっているかのような症状を生むのだとか……。

しかしAは非常に稀まれなケースで、主な人格・Aがあり、時々もう一つの人格・Bが言動に現れるという症状を呈していました。また、これと言って思い当たる幼少期のトラウマもありませんでした。

BはAとは完全に異なる人物のようで、Bは関西弁を話し、自分は物心ついたときから大阪に住んでいると主張していました。年齢も当時三〇代後半だったAよりも一〇歳ほど若く、体格もAより大きいと述べていて、不思議なことにBになりきっているときのAは、他人の目からもいつもより背が高くなったように見えたそうです。

人格の交替がある日突然始まり、前兆がなかったことも、解離性同一性障害とは異なる症状でした。

交替が頻繁だったため、Aはすぐに日常生活に支障を来たし、周囲に隠しておくことも出来なくなりました。Bになっている間の記憶が抜け落ちてしまうのです。

Aの認識では、仕事中や家族との会話の途中で、急に意識を失って、気づくとさっきまでいた場所とは違うところにいたり、周りの人から怪け訝げんな顔をされたりしているわけで、たまったものじゃありません。

Aは自分から進んで神奈川県内の某病院の精神科を受診し、医師の勧めで入院して治療を受けることになりました。解離性同一性障害の治療と同じく二十四時間の観察と記録を伴うとのことで、精神的負担も大きかったのですが、Aはよく耐えました。

その甲斐あって、やがてAはBと対話できるようになったそうです。携帯電話を右手と左手に一台ずつ持って交互に耳に当てて会話するなど、見たところは非常に異様な感じですけど、解離性同一性障害ではこれは治癒する過程で見られる症状だとされていて、たしかに、しばらくしてBという人格が現れることはなくなりました。

退院を間近に控えたある日のこと、Aのもとに、大阪の女性から一通の手紙が送られてきました。手紙にはこんなことが書かれていました。

──変な話だと思われるでしょうが、私にはBという息子がおります。Bは交通事故に遭い、長らく昏睡状態でしたが、つい先日、奇跡的に目を覚ましまして、会話できるまでに回復いたしました。ところが意識を取り戻したときから、息子が奇妙なことを言うようになったのです。自分にはAさんという友人がいて、その人は神奈川県の〇〇病院に入院している。そう言うのですが、夫や私を始め、息子の周辺ではAさんという人にも神奈川県の〇〇病院にも心あたりがございません。ですから最初は、昏睡していたときに見た夢だろうと誰もが思いました。けれども息子の記憶は細かなところまで具体的で、主治医の名前は〇〇〇〇さんで、入院日は〇〇日、退院予定日は〇〇日だと話して、夢ではないと言い張って譲らないので、少し調べてみたところ、神奈川県の〇〇病院とそこの精神科の医師の〇〇〇〇さんが実在することがわかりました。そこで神奈川県の〇〇病院精神科の〇〇〇〇先生とAさんに宛てて、このお便りを出してみた次第です。無事にお手もとに届いているといいのですが。息子は今後も怪我の治療とリハビリのため、引き続き大阪府の××××病院に入院する予定です。もしも本当にAさんという方がいらっしゃったら、息子の主治医の××××先生も後学のために是非お会いしたいとおっしゃっております──

手紙に書かれたすべての固有名詞が事実と完全に一致していました。

名指しされた主治医とAはすぐに大阪に飛び、入院中のBと、Bの担当医、そして両親と面会しました。AとBは再会を喜び合い、二重人格時代の話で盛りあがりました。二人を治療してきた医師たちは大いに驚き、世の中には医学では説明できない出来事もあるのだなぁと話していたそうです」

この篠崎涼真さんのお話を聞き、是非ともAさんを取材したいと思った私は、すぐに篠崎さんにメールを送り、Aさんを紹介してくださるようにお願いした。

すると、こういう返信が来た。

「実はAは私です」

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