光前寺 賽の河原の既視感(長野県) | コワイハナシ47

光前寺 賽の河原の既視感(長野県)

長野県に光前寺という寺院がある。見事な枝垂桜の庭園や、珍しい光苔、子ども向けの絵本やテレビアニメにもなった怪物退治をした霊犬《早太郎》の伝説で知られる名刹だ。

田畑秋人さんは四〇を過ぎてからのここ数年、全国の神社仏閣巡りを休暇ごとの楽しみとしている。しかし燈台下暗しとはよく言ったもので、あるとき、自宅から近い光前寺はまだ訪れていないことにはたと気づいた。

さっそく行って、境内を見て回った。霊犬伝承が有名なのだが、秋人さんは、この寺の石仏たちに一目で惹かれた。山門の受付で配っている境内観光用の冊子によれば、光前寺の石仏はすべて江戸時代の名工・守もり屋や貞さだ治じによるものだという。

貞治仏は、精緻な様式美を備えつつ味わいのある顔立ちが特徴で、どの仏像も個性豊かで面白みがある。石仏を辿って歩くうちに、ふいに仄暗い空間に出た。寺の敷地と天然の山林との境目、鬱うっ蒼そうとした樹木に三方を取り囲まれている中に、石仏がランダムに点在している。

冊子の地図で場所を確認すると、ここは《賽の河原》なのだった。なるほどよく見れば石積みが無数にあり、幼児の玩具などもあちらこちらに供えられていた。石仏の数も多かったが、ひときわ大きな石仏が中央にあり、あれが守屋貞治作の《親仏》なのだそうだ。

あらためて《親仏》を観察して、秋人さんは不思議な感覚に捉えられた。どうも見憶えがあるのだ。等身大の座像で、文化年間に造られたそうだが、風雪によって自然に摩耗した目鼻立ちや丸みを帯びた全体のフォルムを、どこかで見て知っていると確信した。

それだけでなく、あらためて辺りを見渡せば、この《賽の河原》の景色全体、どこかで見たような感じがする。林立する石仏の隙間を縫って、《親仏》の後ろ側に回り込んでから振り返ってみて、アッと驚いた。

記憶にあるのは、この景色だ!

そのしばらく前から母が重病で入院していた。命が助からないことはもうわかっていて、いつ亡くなってもおかしくない。家族総出で病床を見舞い、秋人さんも母の延命を祈ったが、死出の旅立ちを見送る覚悟をしないわけにはいけない。そんな時期だった。

夜、床に入っても母の病状が気がかりでならなかった。憂鬱な気分のまま眠りに就くと、こんな夢を見た。

──四、五歳くらいの幼い子どもの手をひいて、秋祭りの縁日に来ている。子どもは男の子で、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」としきりに秋人さんを呼び、たいへん慕ってくるようすだ。屋台で綿飴と水風船を買ってやり、しばらく人混みの中をそぞろ歩いた。しばらく行くと、その子がパッと秋人さんの手を振りほどいて駆けだした。

「遠くへ行っちゃダメだよ!」

そう声をかけると、こっちに向き直って、「あっかんべぇ」と、ふざけて見せて、また駆けていく。

追い駆けっこをしていたら、いつのまにか深い森の中にさまよいこんでいた。

少し怖くなってきて、「さあ、もう家に帰ろう」と声を掛かけると、男の子は、「僕のおうちはこっちだよ」と言って灌かん木ぼくの繁みへ潜りこんでしまった。

姿を見失ったので慌てて繁みの裏へ回ってみると、サッと視界が開けたが、男の子の姿はなく、そこは水子供養の石仏がいくつもある《賽の河原》なのだった──。

夢で見たのは、光前寺の《賽の河原》を、後ろ側から眺めた景色に違いなかった。

これがいわゆる既視感というものかと感じ入りながら、母が亡くなりそうなこのタイミングで、今まで来たことがない光前寺を訪れようと思いついたのは、何か超自然的な力に導かれたような気がしてきた。

秋人さんが五歳の頃、母が妊娠して、胎児の性別もわかるほど月数が経ってから死産したそうだ。

ずっと後になって、あのとき無事に生まれていればおまえには弟がいたはずだと母から聞かされたが、秋人さん自身はその当時のことは全然憶えていなかったため現実感が乏しく、なんの感情も湧かなかった。

だからすっかり忘れていたが、ひょっとすると夢に出てきた男の子は、生まれる前に死んでしまった弟なのではないか。

夢で男の子が、光前寺の《賽の河原》を「僕のおうち」と言ったのも、偶然ではないのかもしれない。何しろ光前寺は家から近い。聞いたことはないけれど、母は、ここで水子供養をしたのでは?

秋人さんは、そのことを訊いてみたいと思ったが、二、三日前から母は昏睡状態で確かめようがなかった。そして意識を取り戻すことなく、明くる日に永眠してしまった。

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