挟み撃ち (大分県) | コワイハナシ47

挟み撃ち (大分県)

「一八年前に、飲酒運転を避けようとして、怖い目に遭ったことがあります」

後藤文夫さんは、そう前置きして語りはじめた。

「二五、六歳の頃のことです。その頃の僕は恋人もなく、仕事も行き詰っていて、四六時中、悪友のアパートに入り浸びたって酒を飲んでいました。

その日も陽のあるうちから酒盛りを始めて、いつの間にやら夜になってしまいました。時刻は見ていなかったからわかりませんが、窓の外が真っ暗になっていて、ああ、また一日ダラダラと過ごしてしまったと思っていたら、友だちに電話が掛かってきたんです。

それは友だちの彼女からの電話で、今晩泊まらせてってお願いされたって奴が言うんですよ。不貞腐れたくなりましたけどね、ええ。ムカつきましたよ。

でも、しょうがないから帰ることにしたんです。

ところが僕は車に乗ってきてたもので、弱りました。友だちの部屋に泊めてもらって、翌日帰るつもりだったんですよ。いつもそうしていましたからね。

そこで、つい飲酒運転を……。

とはいえ、かなり酔っ払ってましたから、ハンドルを握って車を転がしてはみたものの、眠たくて眠たくて、すぐにフラフラ運転になっちゃうわけですよ。

こりゃあ無理だぞ、と。家に帰りつく前に絶対事故っちゃうぞ、と。

だけど路上駐車はしづらい状況でした。交通量は多いし、人通りもまだあるし。

じゃあ、友だちのアパートの駐車場に戻って朝まで車内で休めばいいと思うでしょ?

それがそうもいかないんです。彼女が車で来るから、僕の車はどけてあげなきゃいけなかったんですよ。田舎は猫も杓しゃく子しも自家用車で移動するんでね。

さあ、困った。……そこで思い出したのが、友だちの家から車で五分くらいのところにある自然公園の駐車場です。

高尾山自然公園っていうところで、地元(大分県)では有名な心霊スポットです。夜になると不良が集会を開いているという噂もあります。でも、だだっ広い露天の駐車場があって、そこは夜になっても出入りが自由なんですよ。だから前にも友だちの家に大勢集まったときに、その駐車場に車を置いてったことがありました。

ベロベロに酔ってたけど、ゆっくり運転して、なんとか無事に自然公園に辿りつきました。

駐車場に行ったら、隅に屋外灯があって、周囲のようすがある程度は見えました。だけど明かりのそばは眠りづらいと思ったので、屋外灯からなるべく遠い反対側の端に行ったんです。その辺りは真っ暗。屋外灯の光が届かないんですね。

もう、そのときには眠ることしか頭にありませんでした。暗がりにボンネットを突っ込んで車を停めました。

そのとき、僕がいる運転席から五、六メートル離れた辺りにも車が一台停まっていて、助手席の窓の中から人がこちらを見ていることに気がついたんです。

かなり暗いから表情はわからない。こっちを向いていることだけはわかる。無視しようと思い、シートを倒して助手席側を向いて目を瞑ろうとしたら、目が閉じられないんですよ!

それで動揺して咄とっ嗟さに起きようとしたところ、姿勢も変えられなくなっていたので、うわぁ、これは金縛りってヤツだと思って。

猛烈に焦ったけど、瞬きすらできないんです。

するとそのとき、車から人が降りて、こっちに向かって歩いてくる気配がしました。

もしも不良で、絡まれたらどうしよう……。不安だけど、金縛りだから逃げられないわけでしょ。振り向けないし。

一気に顔中から脂汗が噴き出してきて、目に入りそうになった。でも一ミリも動けない。僕の車の助手席側を向いているしかない。目を瞑ることもできないから助手席の窓の外を見ることになるわけですけど、そっちは真っ暗闇ですよ。

そう……真っ暗だから駐車するときは気づかなかったんですが、どうやら、そっち側にも車が駐車されてたんですね。

なんでわかったかというと、少しして、その真っ暗闇の中から音が──車のドアが開いて誰か降りて、バタンとドアを閉じる音が聞こえてきたから。

ええ、僕は知らずに二台の車の間に停めていたんです。

で、どちらの車からもそれぞれ人が降りてきて、こっちに歩いてきたというわけです。

左右から挟み撃ちにされた格好ですよ。

足音が両側から迫ってきました。しかし、かなり接近したと思う頃になっても姿が見えない。運転席側は背中を向けちゃってるから近づいてきた気配しかわからないわけですが、助手席側は見えるはずでしょう?

でも、助手席の窓の外にどんなに目を凝らしても、漆黒の闇があるばかり。

やがて、運転席の窓からも、助手席の窓からも、何者かにじっと覗き込まれているような感じがしてきました。

わけがわかりませんでしたよ。怖くてたまらなかったけど、逃げることも目を瞑ることもできず、脂あぶら汗あせを流しながら耐えるしかありませんでした。

そうこうするうち、今度は、自分の車のフロントガラスの方で何かが赤く光るのを視界の端で捉えました。

眼球だけは動かせたので、そちらを見たら、屋根からフロントガラスに赤っぽく輝く溶岩のようなものが粘っこく垂れてきていました。

オレンジ色を帯びた炎のような色のスライムです。それが大量にフロントガラスを覆うように流れてきて、同時に車内の温度が急激に高くなってきました。

身体の中が熱く、血液が沸騰しそうな……。火傷の痛みは感じないんですが、内臓が焼けそうというか、身体の奥の灼しゃく熱ねつ感が凄くて……。

苦悶している僕を、挟み撃ちにした奴らが左右の窓から観察してました。感情が籠らない、冷たい視線を感じました。

でも、間もなく僕は失神してしまったようです。

気がついたら朝になっていました。

金縛りは解けていて、水浴びでもしたみたいに冷たい汗で全身ビチャビチャでした。

靴の中まで汗を掻いて、運転席のシートには僕の形の汗染みができていました。

昨夜の出来事は鮮明に憶えていたので、車から降りる前に、運転席の窓から外を見てみました。車が停まっているはずだと思って。

ええ、車はありました。

ただし廃車でした。

タイヤも窓のガラスも失って、車体に蔦が絡まりついていました。

車から降りて助手席側に行くと、そちらにも廃車が放置されていました。

こちらは燃やされでもしたかのように車体が煤けていました。おっかなびっくり近づいてみたら、内装やシートが焼け落ちて、骨組みが露出してるじゃありませんか。とくに運転席は無惨に真っ黒焦げでした。

それを見た途端、昨夜の燃えるような熱さが瞬時に記憶に蘇って、自分の身体も黒焦げになったような気がしたんですよ。本当は僕はあのとき焼き殺されたんじゃないかと思って……。こうしてお話をしているんだから、そんなわけはないんですけどね」

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