呪うつもりが (京都府) | コワイハナシ47

呪うつもりが (京都府)

三年半ほど前のことになるが、会社員でバツイチの藤井幸代さんは、SNSでメッセージを送ってきた中学校の同級生と、約二〇年ぶりに再会した。

顔を合わせる前に、彼のSNSのページをチェックしてみたら、自分と同じように彼にも離婚経験があることがわかった。実家に出戻っている点も同じ。中学卒業以降の学歴や職歴にも共通点があり、実家同士が近いため、子ども時代に体験したことや行った場所も被る。

もしやこれは運命の再会なのではあるまいか、と幸代さんは胸をときめかせた。

彼の方でも、SNSで幸代さんをリサーチしていたようで、会うとすぐに再婚を前提にした交際を申し込まれた。

すでに三〇代。幸代さんは、こんど結婚する相手とは、双方の親の介護や老後のことなど将来設計についても話し合いつつ、真剣にお付き合いをして、なるべく早く入籍したいと考えていた。

彼にも再婚する意志があると知って、嬉しかった。真面目な人なのだと思い、信用した。

しかし男女の仲になってから、彼は時折、残業や出張をなど口実にして幸代さんと会うことを拒むようになった。幸代さんは浮気を疑い、彼のSNSの投稿をつぶさに確かめた。

SNSで彼の交友関係を辿るうちに、彼が、幸代さんとそっくり同じ立場──彼の中学の同級生、バツイチで出戻り──の別の女性とも恋愛関係にあることが判明してしまった。

彼女のことを幸代さんは「ご近所さん」としてよく知っていた。彼らの母校の中学校は公立で、同じ学区内だった者同士が、それぞれ離婚して実家に帰ってきたのだから、当然、三人とも互いに近くに住んでいるわけだ。家からすぐの道端で彼女とバッタリ会って挨拶を交わしたのは、比較的、最近のことだった。

あの女、何喰わぬ顔をしていたな──と、思い返して、はらわたが煮えくりかえった。

彼に両天秤に掛けられていたことにも傷ついたが、もう一人の女性は、彼と幸代さんが付き合っているのを知っていたようなので、よけい業腹なのだった。近所で挨拶したときも、おそらくすでに彼らは肉体関係を持っていた。

つまり自分だけが何も知らされず、虚こ仮けにされていたのだ。

許せないと思った。

どうしても二人に一矢報いてやらなければ気が済まない。

そこで、インターネットで「呪い」や「縁切り」という単語をキーワード検索して、彼を祟る方法を片っ端から調べあげた。

あやうくインチキな呪い代行業者に引っ掛かりそうになったり、「別れさせたいカップルの名前を鏡にピンクのマジックで書いて、叩き割る」といった眉唾モノのおまじないを大真面目に試してみたりした挙句、日本の伝統的な《縁切り祈願》や《丑の刻参り》に行きついた。

ちなみに幸代さんは関西方面に住んでいるので、以下、彼女が訪れた「縁切り」で名高い社寺はどれも関西に所在している。

京都の貴船神社。安井金毘羅宮。法雲寺の菊野大明神と豊川大明神。大阪の鎌八幡。

まずは、《丑の刻参り》でインターネット検索をすると、真っ先に名が挙がる貴船神社に行ってみようと考えた。

実際、リサーチのつもりで昼間に訪れてみたが、その結果、《丑の刻参り》を実行するのは容易ではないことがわかった。

まず、貴船神社は家から遠く、自動車の運転免許を持っていない幸代さんは、丑の刻が午前一時から午前三時頃であることを考えると、行き帰りとも深夜割増料金のタクシーを使わざるを得ないのだった。しかも一回では済まない。

正しい丑の刻参りの作法では、七日間続けることになっている。タクシー一往復で一万円だとすると、合計で七万円だ。さらに、五寸釘や藁人形も用意しなければならず、きちんと行うなら、身なりも整えなければならないようだ。

《神社内の浄めの水を使って身を浄めるか、自宅で冷水を頭からかぶって身を浄めた上で、真っ白な単衣の着物を身につけます。足元には一本歯または長下駄を履き、頭には鉄環か五徳を被り、鬼の角に模したロウソクを最低三本立てます。胸元には魔除けの鏡をぶら下げ、懐には護り刀を忍ばせ、口には櫛をくわえます。さらに、髪は乱した状態で顔全体に白い粉をはたき、歯は鉄漿に、口は赤い口紅で染めるといういでたちが定型とされています》

──リサーチで訪問したことが無駄足だったとは思わない。貴船川のせせらぎに耳朶を洗われながら眺めた参道の景色はたいそう神秘的で、別天地にさまよいこんだような心地がした。樹々も岩も苔生して緑一色に染まった中に、朱色の鳥居が立ち並ぶさまは妖しいまでに美しかった。貴船神社は《丑の刻参り》はさておき、観光地として優れていた。

安井金毘羅宮にも訪れた。ここは《縁切り縁結び碑》が有名だ。ご祭神の一柱として崇徳天皇を祀り、日本三大祟り神にも数えられているその霊力によって「悪縁を断ち切り、良縁を結ぶ」ご利益があるとされている。

《男女の縁はもちろん、病気、酒、煙草、賭事など、全ての悪縁を切っていただいて、良縁に結ばれて下さい》

崇徳天皇に魂を売る覚悟で手を合わせ、「あの二人がドライブ中に事故を起こして死にますように」と祈った。

最初のうちは、かけた呪いが自分にも跳ね返ってくる《呪い返し》があっても構わないと思っていた。法雲寺の菊野大明神と豊川大明神や、大阪の鎌八幡にも、本気で呪いをかけるつもりで臨んだ。

しかし、神社や仏閣で綺麗な風景を眺め、それぞれの縁起を読んで悠久の歴史に思いを馳せているうちに、伝統ある社寺を巡ること自体が面白くなってきてしまった。これが生涯を通じての趣味になるという予感がした。

また、例の憎たらしい同級生カップルには、まだ何事も起きていないが、自分の職場で変化があった。安井金毘羅宮で祈った直後に、異動辞令が下されて、新しいポジションに抜擢され、職場を移った。前の職場には怠け者の上司や狡猾な同僚がいて、絶えず仕事の足を引っ張られて苦労していたのだが、新しい職場の人々はみんな爽やかな雰囲気で、仕事の流れもスムーズだった。

おまけに、デスクが隣同士になった女性も社寺巡りが趣味で、そうなったきっかけは恋人の裏切り行為だと打ち明けてくれた。この人とは気が合いそうだと幸代さんは直感した。

こういうのも、悪縁が切れて良縁が結べたことになるのではないかと思った。

呪いをかけるため、休日ごとに方々を歩き回っていたら、知らない場所に行くことが苦にならなくなり、学生の頃にハマっていた演劇の舞台鑑賞の趣味も復活した。

かつてファンだった俳優や芸人と交流しはじめて、幸代さんのSNSライフは見違えるほど──不実な恋人や恋敵を暗く監視していた時期と比べたら嘘のように──充実した。

そして時は過ぎ、去年の暮れに、件の同級生たちの父親の訃報が自治会誌に載った。

寿命には少し早いと思うのに、立て続けに亡くなってしまったようだ。

息子や娘の代わりに、彼らの父親たちが呪いを被ったのかもしれない。

訃報を見て、彼らが結婚していたことも初めて知ったが、幸代さんには、もはやなん感慨もなかった。

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