夜の調弦門つけの津軽三味線(青森県) | コワイハナシ47

夜の調弦門つけの津軽三味線(青森県)

弘前市の郊外に暮らす斎藤さんが、まだ小学生だったころの話だそうだ。

ある夜のこと、一階の子供部屋で寝ていた彼は奇妙な音で目を覚ました。

ばいん。

輪ゴムを弾くような音が、断続的に部屋のどこかから聞こえている。

なにごとかと布団から半身を起こし、暗がりに目を凝らしていた矢先、再び、ばいん、ばいん、と、跳ねるような音が耳に届いた。

「あ」

間もなく、彼はその音がなんであったかを思いだす。

津軽三味線。青森で育った者であれば誰しもが知っている、津軽三味線を演奏する前の調弦の調べが、室内に響きわたっていたのである。

慣れ親しんだ音色の所為か、不思議と恐怖心はなかったという。

しかし正体こそ把握したものの、なぜ三味線が自室で聞こえているのかは、まるで解らない。そうしているあいだにも音はいよいよ激しさを増して、いまにも演奏がはじまりそうな気配を漂わせている。

確かめなくちゃ。好奇心に背中を押されるまま、斎藤さんは布団を抜けだすと手探りで電灯の紐を摑み、一気に引っ張った。

「うわ」

点滅する蛍光灯の光のなか、部屋の片隅にぼんやりと立つ男が見えた。

男は菅笠をだらしなく被り、襤褸のような服をまとっている。皺だらけの顔には、泥とも目脂ともつかないべっとりとした汚れがこびりついている。

あかぎれだらけの指が三味線を握っているのをみとめた瞬間、蛍光灯の光が安定して、部屋が明るくなった。

男は、もうどこにもいなかった。

不思議と、やっぱり怖くはなかったそうだ。

翌朝。斎藤さんの話を聞いても、両親はまるで信じようとしなかった。

「お父さんもお母さんも、音なんか聞いでねェど」

「あんた、夜遅くまでテレビゲームなんかやってるから変な夢見たんでないの」

矛先が妙な方向にむきはじめ、慌てて抗議しようと口を尖らせた瞬間、

「そいだば(それなら)、門づけのボサマで無ねェが」

黙々と朝餉の膳を食べていた祖母が、口を開いた。

「かどづけ、ってなあに。ぼさま、ってだあれ」

彼の問いかけに、あわてて母が割りこんだ。

「いろんな家をまわって、三味線を聞かせる人よ。さあ、もう学校サ行く支度して」

母の様子で「あまりよろしくない言葉なのだ」とおぼろげに理解したものの、納得のいかなかった斎藤さんは、さらに食いさがって訊ねたのだという。

「婆っちゃ、なんで子供部屋に門づけのボサマが出たの。なんで、なんでなんで」

「いい加減にしろ、門づけってのは玄関先でするもんだ。なしてお前めェの部屋サ来るんだ。理屈が合わねェんだから夢に決まってるべや」

答えをせがむ斎藤さんを強い口調で父が窘める。と、その遣り取りをじっと見ていた祖母が、ふ、と鼻を鳴らしてから再び話しはじめた。

「この家、お前ェが童ッコのときに改築したべサ。その前の家だば、ちょうどいまの子供部屋のあだりサ玄関あったんだォン」

「あ」と、父が声を漏らす。

「おおかたあの世で銭ッコ無くなって、門づけサ来たんでないの。はっはっは」

祖母は静かに笑い、茶を啜った。

「音が聞こえたのは、その一度きりです。面白いことに、祖母の話を聞いた私は〝惜しいことをしたな〟と思っちゃったんですよね。だって、そんな昔の演奏、聴ける機会なんて無いじゃないですか。〝電気を点つけなかったら、どうなっていただろう〟って、いまでも考えますよ。まあ、あの体験が本格的に興味を持ったきっかけなんでしょうね」

そう言いながら、斎藤さんは膝に置いた津軽三味線の棹を、ぎゅっ、と握りなおす。

キャリア三十余年、これからも練習を重ねていくつもりですと、彼は静かに微笑んだ。

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