うたごえふる(秋田県) | コワイハナシ47

うたごえふる(秋田県)

数年前の夕暮れ、堀辺さんは秋田市の川沿いをロードバイクで走っていた。

「こっちは車社会で、普通に暮らしていると身体を動かす機会がないんです。なので、休みの日は自転車で市内を走るようにしていたんですよ」

季節は六月、東北にもようやく夏の空気が漂いはじめていた。山は緑まぶしく、川も西日で黄金色に輝いている。心地よさにまかせ、彼は夢中でペダルを漕こいだ。

どれほど走ったものか、気がついたときにはずいぶん空が暗くなっていた。そろそろ帰路につこうかと周囲を見わたしたが、まわりは畑や杉木立ばかりで、大通りへ続く道の見当がつかない。

まいったな、ずいぶん遠くまで来てしまったみたいだ。

迷っているうちにも、夜の気配はどんどん深まっていく。先ほどまで心地よく感じていた川からの風は、いまや鳥肌が立つほどに寒くなっていた。

来た道を戻るか、それともこのまま進もうか。

逡巡していた、そのときだった。

歌が、降ってきた。

「本当なんです。雨粒みたいに、歌が空から落ちてきたんですよ。はじめは右、次は左、その次は頭の真上……いろいろなところから音が響いて、いつのまにか蛙の合唱みたいに、そこらじゅうから聞こえはじめたんです。なんとも不思議な……人の歌声とバイオリンの中間みたいな音色だったのを憶おぼえています」

暗闇に耳をそばだててみたが、なにを歌っているのか聴きとれない。日本語どころか言語であるのかすら判然としなかった。

「旋律も変わっていましてね、なんとも説明が難しいんです。坂の上から無数の鈴を転がしたような……というのが、たぶんいちばん適切なたとえだと思います」

呆然としているあいだも、歌声は途切れることなく続いている。

怖くはなかった。「なんとなく、これは攻撃的なものではないと思った」と、堀辺さんはそのときの心境を説明している。

やがて数分が経ったころ、変化が起こった。音が遠ざかりはじめたのである。先ほどの彼の言葉を借りるなら、雨が雲の移動に従い小降りになるように、音の群れがゆっくりと動きはじめたのだそうだ。

「耳を澄ますと、歌声が百メートルほど彼方にある建物に降り注いでいるのが解りました。暗くてシルエットしか判別できませんでしたが、お寺のような形の建物でした」

やがて、音はすっかりと消えた。わずか五分にも満たない時間の出来事だったという。

のちに、堀辺さんは知人から「あのへんには、昔〝泣くマリア〟のウワサがあったぞ」と教えられた。

以降、彼はおなじ時間帯にその付近を何度か訪れている。だが、現在にいたるまで、あの歌声は二度と耳にしていないそうである。

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