八木山橋奇譚(宮城県仙台市) | コワイハナシ47

八木山橋奇譚(宮城県仙台市)

仙台市近隣の方から「怖い体験をした」と連絡が入った際、私はかならず「もしかして八木山橋ですか」と訊ねるようにしている。すると、およそ半数の人間は「なぜ解ったんです。霊感ですか、予知ですか」と青ざめ、私がそれを笑いながら否定する──そんな流れが、ここ最近は定番になっている。種を明かせば簡単な話、要は仙台市でもっとも頻繁に拝聴するのが、八木山橋にまつわる怪異譚なのだ。

仙台市郊外にかかるこの橋は、真下が渓谷になっているためか、自殺者が絶えない。防護用のフェンスも設けられているが効果のほどは乏しいようだ。そのような背景が、人々に「怪異が起きてもおかしくはない」と思わせるらしい。理由が先にあるわけだ。

加えて橋の周辺には動物園や遊園地などの行楽施設も数多く存在し、おまけに大学の通学路にもなっている。つまりは人の往来が激しいため、自然と怪異の目撃者も増える。怪異が多く発生するのではない。見る者が多いのだ。かくして人々は石に蹴けつまずこうが風に帽子を飛ばされようが、現場が八木山橋かその近辺であれば、「怪異だ」と恐れおののき、いきおいあまって私へ連絡を寄越す……と、こういった仕組みなのである。

当然、その大半は見間違いか思いこみ、ひとくさり聞いて「はい、おしまい」となる。しかし、世の中には得てして例外というものが存在する。偶然だとしても不穏な余韻の残る、奇しい話も混ざってくる。本稿では、そのいくつかを抜粋してご紹介したいと思う。

いまから二十年ほど前の出来事である。

その朝、横峯さんは八木山橋の真下にあたる渓谷を歩いていた。目的は自殺でも心霊スポットめぐりでもなく、化石探索。八木山橋下の渓谷は、日本でも有数の化石産地なのである。

「サメの歯や巨大哺乳類、貴重な植物の化石などが発見されていまして。その手の趣味の人間にとっては、宝物殿のような場所なんです」

ナイフを入れたケーキよろしく何層にも重なった絶壁をつぶさに調べながら、崖がけの間をゆっくりと進む。はるか上空の八木山橋からは、通過する車のエンジン音や行楽客のお喋りが、かすかに聞こえていたという。

と、かがみこんで足許の地層を観察していたその刹那、ふいに地面が翳った。

落石かッ。

慌てて腕で身体を覆いながら身体を起こし、真上を確かめる。

「……あれ」

落下物はどこにも見あたらなかった。あるのはいつもと変わらぬ空と橋ばかりである。

鳥の影でも見間違えたのだろう。

気を取りなおし、採掘の続きを楽しもうと視線を地面に落とす。

と、目の前が再び翳った。改めて見あげたものの、やはり落ちてくるようなものはない。そんなことが二度、三度と続き、横峯さんはすっかりとくたびれてしまった。

いったいなんなんだよ、参ったな。

ため息を漏らして、近くの岩場へ倒れこむように腰をおろす。と、身体を支えようと岩についた手が滑らかなものに、かさり、と触れた。手探りで摑み、引き揚げる。

感触の正体は、セロファン紙だった。円錐を描くようにテープで留められており、その端には皺くちゃになったアルミホイルが付着している。

ゴミかな。不届きなヤツがいるもんだ。

しばらく透明な円錐を眺めていた横峯さんは、ふいにその意味するところに気がつき、小さく叫んだ。

花束の包装じゃないのか、これは。

もしかして、この岩場で、誰か。もしかして橋から……じゃあ、さっきの影は。

正解を告げるように、中身を失ったセロファンが風にばさばさと揺れる。

慌ててそれを放りだすと、彼は足早にその場を去った。

以降、渓谷へは複数で赴くようになったという。

その夜、伊藤さんは大学のサークル活動のため、深夜までキャンパスに居残っていた。

「新しい部長を決めなきゃいけなくて、その話し合いが紛糾したんですよ」

帰るころには午後十時をとうに過ぎていた。いつもなら愛用のスクーターを走らせ繁華街から国道を経由してアパートへ戻るのだが、その日はとにかく疲れていた。そのため彼女は一分でも早く帰ろうと、めったに使わない八木山橋経由の道を選んだのだそうだ。

平日の深夜とあって、橋へ向かう山道にも車は数えるほどしかいない。

おかげでスピードが出せる。このぶんだと、予想より早く着くかもしれないな。

安堵しつつハンドルを握るうち、やがてスクーターは八木山橋へと差しかかった。

彼方までまっすぐに続く橋の周囲は、漆黒の闇である。両端には自殺を防止するためのフェンスが延びており、スクーターのライトで鈍く反射していた。

やっぱり、気味が悪いな。一気に抜けちゃおう。

アクセルを吹かすと、彼女は前方だけを見つめて愛車を加速させた。

橋のなかほどまで到着したころだったという。

自分の右後方、フェンスのあたりから聞こえる妙な音に、彼女は気がついた。

がしゃん、がしゃん、という金属音。フェンスが揺れているのだろうか。

しかし風は吹いていない。橋の振動だとしても、渡っているのは自分ひとりである。

見るな、見るな見るな見るな。

自分へ言い聞かせているあいだにも、異音は次第に大きくなっていく。あと三分の一を渡れば橋を通過する付近で、音が彼女に追いついた。

直視はしていないので、明瞭はつきりそうだったとは言いきれませんが、と断りを入れてから、伊藤さんは自身がちらりと見たものを教えてくれた。

「フェンスの外側を、虫みたいに手足で摑みながら近づいてくる、真っ白な男性でした。橋に対して並行……つまり真横の姿勢で、私のスクーターと並走していたんです」

男が彼女を追いこす直前、スクーターは橋を抜けた。

後方でフェンスを激しく揺らす音が聞こえたが、彼女はスピードを緩めなかった。

「悔しげな音でした。あのとき追い越されていたら、私、どうなったんでしょうね」

以降、卒業する日まで、二度とその橋を通ることはなかったそうだ。

羽田君は八年ほど前、深夜の八木山橋へ赴いている。

目的は先述のふたりとは異なり、あまりよろしくないものであった。

「きもだめしですよ。ドライブがてら、悪友と連れ立っての暇つぶしです」

到着するなり彼らは橋のたもとに車を停めると、およそ一時間にわたって騒ぎまくった。公言が憚れる内容であるため、彼らがどんな《ヤンチャ》をしたのか詳細は控えたい。ともあれ羽田君たちは怪しげなものを見ることもなく、やがて誰言うともなく飽きはじめ、帰宅の段を迎える。

「おい、したら最後に記念写真を撮っぞ」

ひとりの号令で、羽田君と友人のひとりがフェンスへよじのぼった。

「お母さん、先だつ不孝を許してね!」

「おい、早く撮れって、指が限界だ!」

がなりたてるふたりに向かって、ストロボが光る。

「お、うまく撮れたか」

フェンスから降りつつ声をかけたが、カメラマン役の友人から返事はない。撮影したばかりのデジカメをじっと睨んで、俯いている。

「なに、どうしたってよ」

近づいて全員で液晶画面を覗のぞきこむなり、声があがった。

フェンスにしがみついて、カメラに向かって舌をだしている羽田君。

その両目部分に、白い煙のようなものが横一文字に走っていた。

「撮れちゃった……」

カメラマンが呟くと同時に、羽田君たちは歓声をあげた。

「や、そのときは興奮してて。〝やべえ、ガチだ〟とか〝投稿して賞金もらうべ〟とか、盛りあがっていました。ただ、実際は誰も信じていなかったはずです。なにかが反射したような感じだったもんで、〝たまたま撮れたんだろう〟と思っていました」

仲間をそれぞれの自宅に送り届け、アパートへ戻ってきたのは午前四時過ぎ。さすがに風呂を沸かす余力はなかった。

歯だけ磨いて寝るか。

目を擦りながら洗面台へ向かい、鏡に向き合う。

次の瞬間、羽田君は叫んでいた。

鏡が真横に罅割れていたのである。位置はちょうど彼の目の高さ、あの写真とまったくおなじ場所であったという。

翌週、すぐに神社へ行って、お祓いを受けたそうだ。

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