弥山の奇跡(広島県宮島) | コワイハナシ47

弥山の奇跡(広島県宮島)

ライター仲間の緑は不妊治療に疲れていた。体調も崩し、仕事も休みがちになっていた。

夫がこの頃どうもおかしいのだ。以前は子供を欲しがり協力的だったのにこの頃は帰りも遅い。

一度、机にあった夫のスマホに入ってきたラインが表示された。男の名前なのに強烈なハートのスタンプと「また会いたい」のコメント。

浮気でもしてるんじゃないだろうか。

その夜、一人ベッドで寝ている時、部屋に鹿が現れた。

夫を呼ぼうとするが、声が出ない。ぐるぐる回ってピョンピョンと箪笥の上や鏡台の上を跳ねまわる。8畳の寝室に大きな鹿は不向きだった、というより何で鹿?

何となく眠りについた夢の中で、海を見渡せる大きな岩の突き刺さったような山を鹿と一緒に登る。その景色は爽快で、久しぶりにすっきりした気持ちで朝を迎えた。

「ああいい気分。あの景色どこだったんだろう」

緑はインターネットで景色を探す。広島出身の江田さんに聞いて、それが宮島の山、弥山みせんだとわかった。

すぐに行こうとした緑さんに江田さんが注意する。

「ここは女の神様がいるから、男女で行ったらダメよ。女がやきもちやかれて別れる羽目になるの。しかも女に降りかかるから」

「えっでも一人で行くのは寂しいし……」

ふと思いついて緑は家に帰って夫に弥山の話をする。

「この山を登るとカップルは円満に過ごせるんだって」

「へえ……」

「行ってみない?」

「いやあ、今はいいよ。そのうちな」

「そう……」

「あ、来週京都出張だから3日くらい家空けるんでよろしくな」

いそいそと出ていく夫。

「やっぱり私とは円満になりたくないのね……」

京都出張に行った日、緑は広島に出かけた。せっかくなので宮島のホテルに泊まることにした。

厳島神社を拝み、ゆったりと島を渡る。

肩を叩く人がいた。フリーカメラマンをしている友人の卓也だった。

「卓也? 何でここに?」

「俺は写真撮りに来てんだ。緑こそ何で宮島に来てんだ?」

「私は観光に……そうだ弥山ってここにある?」

「あの山だよ。神社の真逆にあるだろ。山自体が神なんだ」

「明日登るつもりなの」

「一人で行ったほうがいいよな」

「やっぱりそうなの?」

「男女で登るなって話聞いたからさ。下で待ってるから行って来いよ」

卓也と話が弾み、ホテルで一緒に夕食をとることにした。

翌朝、弥山を登る。岩がにょきにょきあるような不思議な山で、岩肌を登るのにそれなりの体力がいる、治療をやめて薬を止めたせいか、登っていく鹿のようにぐいぐい上がっていく。鹿が頂上まで登る山なのだ。

「うわあ綺麗!」

瀬戸内海や厳島神社が見渡せる壮大な景色。岩はビルのように大きい。

快晴の空と澄んだ空気に、体が軽くすっきりした。

「来てよかったな」

どこかで聞いた声がした。夫の声だった。驚いて岩陰に隠れる。やはり夫だった。夫の隣に若い女がいる。

しっかりと腕を組んでいる姿から、すべての想像がついた。

岩山を滑るように降りる緑。涙が後から後から流れる。

降りきると卓也が待っていた。

「待ってたよ。どうだった? 良かっただろ? 眺め」

「うん……でも最悪だった」

「何で?」

卓也の胸に抱き付き泣いてしまう緑。

「どうした?」

「もう、別れてしまった方がいいってわかった」

卓也が驚いて、でも優しく緑の頭を撫でる。山の風が強く吹き下ろす。

その日の夜、深夜過ぎに緑のスマホに連絡が入った。

「広島県警ですが、××さんの奥様ですか?」

「はい……そうですが……」

「ご主人が交通事故に遭われまして、集中治療室に入っておられます」

「えっ! ど、どこの病院なんですか?」

「広島市中区の○○病院です。すぐ来れますか?」

「今、宮島にいるんです。船がもう終わっててとても行けないです」

「そうですよね……今は少し安定してるので、朝一番の船で来てください」

「わかりました」

次の朝、○○病院に到着し、集中治療室の病室に駆け込む。全身に包帯を巻いた夫がベッドに横たわっている。

警察官が頭を深々と下げる。

「どんな事故だったんですか?」

「ご主人が乘られていたタクシーにバイクが突っ込んで、ガソリンが漏れたようで炎上したんですよ。火傷がひどくてまだ安心はできません……」

「あの……変な事聞きますが、夫に連れはいませんでした?」

「いましたよ。女性でしたかね。もう亡くなられました」

緑は声が出せないくらい驚いた。

心肺停止のブザーが鳴る。

「あなた!」

夫は緑の前で息絶えた。

厳島とも言われる宮島は「厳しい神」のご霊山がある。女性の神と言われた弥山も男性でも女の敵には制裁をするとも言われる。

そして今の緑さんは、卓也さんと再婚し、子供を授かり幸せに暮らしている。

ただ、ご主人と愛人を死に追いやったバイクの男は未だに捕まっていない。

霊山の威力があるものか、人の力か、わからない場合もある。

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