外国人捕虜の行方 似島(広島県福山市) | コワイハナシ47

外国人捕虜の行方 似島(広島県福山市)

戦時中、広島に外国人捕虜収容所があったのをご存知だろうか。

全国各地にあり、広島は現在の福山市にあったのだ。

ところが原爆で被災した捕虜の名前が上がる。福山市では爆心地から離れており、すぐに死にいたるような場所ではない。

実際、アメリカ軍が広島に原爆を落とすと決めたのも、捕虜収容所が広島市の爆心地近くにないからというのが、理由でもあった。

ところが被爆死とされている兵が数名いるのだ。

戦後、収容所の所長は戦犯として処刑されている。何があったのだろうか。

エリス・カーチス(仮名)はアメリカのミネソタ州に住み、軍人である父の帰りを待っていた。

1945年の8月に日本で捕虜になったという知らせを受け、何もそれからの進展がなかった。

戦死の知らせが届いたのはずいぶん経ってから。兵の家族にはしばらく伏せられていたのだった。広島の捕虜収容所で原爆によって被爆死したという報告だけだった。

その日からエリスは奇妙な夢を見た。

肉の塊のように動かない兵隊。繋がれて、人々に棒で叩かれている。

生きてるか死んでるかもわからない顔は父にも似ていた。

「やめてえ! これ以上叩かないで!」

エリスは夢の中で叫んだ。

人々はこっちに向かって訳の分からない言葉でまくしたてる。英語でも中国語でもなかった。もしかしたらこれが日本語……?

追いかけてくるボロボロの服に包帯ややけどのある人、目は血走っていて「アメリカ!」と叫んでいるのだけわかる。周りは焼野原。

そうして逃げるエリスを誰かが捕まえ、沈んで行く夢。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

夢の中ではいつも謝っていた。

エリスはこの話を軍の関係者にした。それから、父の隊にいた隊長が生存しており、話を聞くことができた。

彼は隊長ゆえに東京に輸送されており、8月6日は広島におらず難を逃れていた。日本にも行くので、どこでどう亡くなったか話を聞いてくると言った。

次の日の夜も同じ夢を見た。

今度は収容所のような広い施設から、やせたアメリカ人達が見守っている。そこで日本の兵隊らしき人々に連れ出されていくアメリカ捕虜兵。父であった。

何が起こるのか恐ろしくて目を開けた。

「やっぱり自分から聞いてみようかしら」

突然電話が鳴り、出ると隊長だった。

「エリス、日本で話を聞いてみたんだが……」

「何かわかりましたか?」

「いや、資料には広島市で被爆死しかないんだ」

「でも収容所は爆心地から遠いと聞きました」

「ああでも……爆心地の方に輸送されていた途中かもしれないんだ」

「それなら捕虜はみんな死んでなきゃおかしいでしょ?」

「……そうだね。でもこれ以上は古い話だし、関係者は処罰や処刑されて収容所のことがわかる人が全くいないんだ」

「どうして? 大事な事なのに。もっと調べて下さい」

「申し訳ない。この広島にいるだけでもういたたまれないんだ。お父さんたちの亡くなるまでの状況を調べたって生き返りはしない」

「……うちも被爆者の家族なんですよ」

「わかってる」

エリスはがっかりして電話を切った。

エリスは年を取り、孫がPCでインターネットをするようになった。

孫のジャスティンは高校生で、日本語も勉強している。

「おばあちゃん、今度留学で日本に行くよ」

「まあそうかい。じゃあ広島に寄ってくれない?」

「広島? 何で?」

「ジャスティンのひいおじいちゃんがね、亡くなった場所なのよ」

「日本で亡くなったの? どうして?」

「それは……捕虜で広島に居た時に原爆で……」

ジャスティンは日本語で「原爆 外国人捕虜」で検索をする。

すると一つの画像が現れた。それはアメリカ兵がくくられて、日本人に棒で殴られている絵だった。

「おお神様! なんてこと……」

エリスはその場に倒れた。

「おばあちゃん! おばあちゃん! 大丈夫?」

意識がもうろうとする中、エリスは父が頭を撫でているのを見た。

その時、父の後ろに海や島が見えた。手を振り、うなずきながら父は去って行った。エリスはジャスティンと一緒に広島へ慰霊の旅に行くことを決めた。

エリスの父は多分、爆心地近くの広島城のそばに別の収容所があり、そこにいたと思われる。その話は公にはなっていないが、現在拘置所があるあたりではないかと思われる。

広島城の辺りは爆心地だったので爆風で破壊された収容所を当然逃げ出し、混乱した状況の中でどこへ向かったか、ケガや火傷で倒れてしまったのか、彼らの足取りはわからないままである。

海で渡った似島に、ご遺体などは運ばれ、火葬施設で荼毘に服された。

エリスは平和公園と、似島の慰霊碑に手を合わせた。

父の悲しい夢はそれから二度と見なかった。

笑顔で家を出ていった、あの面影だけは、時折目の裏に浮かぶが。

原爆後、広島市の数々のご遺体はこの似島で火葬された。

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