硫黄島からの死のみやげ(広島県 江田島) | コワイハナシ47

硫黄島からの死のみやげ(広島県 江田島)

山田さんの海上自衛隊の先輩に三木さんという人がいた。

広島の江田島に勤務する前に、硫黄島での合宿があった。海自はここに時折見張りや軍事演習等の目的で上陸している。

珍しく希望地として硫黄島を挙げたほど、三木さんは旧軍隊に心酔しているところがあった。

少し広島から話が飛ぶ。

硫黄島では太平洋戦争末期にアメリカ軍と日本軍との戦いがあり、日本軍2万5000くらいの兵と11万のアメリカ兵が戦った場所だ。

本土への空襲をするB29を打ち落とすためには、日本軍はこの硫黄島を死守せねばならなかった。帝国海軍、陸軍の決死の島で有名である。

ここを守れなければ、本土への空襲はまぬがれないとわかっていたからだ。死闘の中、日本兵2万人が戦死。しかしアメリカ軍はそれを上回る2万8000の戦死者を出した。それでもアメリカ軍が占拠し勝利した。

その後の本土空襲、原爆投下、B29が猛威を振るった事は歴史が物語っている。戦死した日本兵はどれだけ無念であったろうか。

小さな火山島で4万8000人の魂がこの島で散ったのだ。日本兵のうち1万人以上の骨がまだ故郷に戻れず、この地に眠っていると言われる。

三木さんはその事をよく知っており、ここで色んな霊に遭遇する仲間の話も興味を持って聞いていた。

「英霊がきたら酒盛りしてやるんだ。早く会いたいくらいだよ」

またここの砂は日本兵達の血が混じっているとも言われ、持ち帰ると体調を崩したり、祟りがあったりと、不気味な噂もあった。

三木さんは夕食後腹痛を訴え、そのまま宿舎で寝ていた。

夜中寝ていると、ザッザッと軍靴の音がした。それは複数の音で、小隊(30〜40人)くらいの人数だった。

「しまった寝坊した!」

三木さんは真面目で、夜中に演習などがあったのかもしれないと、慌ててリュックから訓練に関する用紙を出そうと起きた。

しかし慌てていてなかなか探せない。まわりを見回すと誰もいない。完全に置いていかれた! と思い、服を着替える。

軍靴の響きは近づく。音の近さから窓を横切る小隊が見えるはずだった。

音が止まった。

「すいません! 遅れました!」

声を出そうとするがなぜか出せない。体も向かおうとする方に進めない。

恐る恐る窓に近付き見る。

ヘルメットを被った数人の兵士が銃剣のようなものを下げ、中を覗き込んでいた。目は血眼になっており、顔は泥で真っ黒。

「うわああ」

三木さんは後ろに尻もちをついて倒れた。

靴音が再開し、窓から見ると小隊は通り過ぎ、また歩いて行く姿が見えた。その時はもうとても追いかける気力など残っていなかった。死んだように眠り、朝を迎えた時には、周りに仲間たちがちゃんと寝ていたという。

それを見て、自分を脅かすために仕組んだんだなと思った三木さんは、

「お前ら俺を脅かそうとしたな? 昨日まんまと騙されたよ。ああびっくりした。でもあんな人数の霊なんてありえないしな」

三木さんは隣の仲間に笑いながら話した。仲間は不思議そうな顔をした。

「お前が昨日は演習行かないって、腹が痛いって言ったろ? 野営に××の場所で待ってるって言ったから先に行ったんだ」

「え? 俺はそんな事言ってない。起きたらみんないなくて焦ったんだ」

「でも、後から参加してきたの見えたから良かったよ。俺らより先に宿舎帰ってたんだな。後ろからついてきたように見えたんだが」

「俺は野営があることも知らなかった」

「でも来たじゃないか。ヘルメット被って」

「それ……俺じゃないと思う」

話を聞くと、腹痛で寝ていた三木さんを念のため演習があるからと起こしに行った同僚に

「後から行く」

と言い、実際フル装備した三木さんがやってきたので、共に野営し演習をしたという。黙々とした場なので特に何も話さなかったが、夜のせいか顔がはっきりとはしなかったという。でも三木さんだと思ったと全員が言った。

そして、三木さんが見た小隊は彼らではなかった。違う道を通って宿舎に戻っていた。全員がそう言うのだから本当だ。

朝になり三木さんは小隊が去って行った方向に向かい歩いてみた。

宿舎の先にあるのはちょっとした草原と丘。

そうしたところから骨が出るとは聞くが、掘り起こすのは恐ろしいので足元の砂を持ち帰った。そして二度と霊の話はしないと決めた。

それから数年経ち、広島の江田島で海上自衛隊と合流しその砂を皆に見せた三木さん。ただの砂だが皆不気味がった。

「これが硫黄島の日本兵の血と汗の結晶の砂なんだ」

「日本の誇りを忘れちゃいけない。英霊とは……」

飲んだ勢いで、また三木さんは戦争マニアの気持ちが沸き立ち、硫黄島の不思議な話をし始めた。帝国軍の精神論まで語り出し、まるで憑りつかれたように話していたという。

次の日の演習では三木さんは起きてこなかった。夜中に心筋梗塞を起こし、朝は冷たくなっていたという。

持ち帰った砂を胸に抱いていたという。もう一度あの兵士たちに連れていかれたのかもしれない。

その場所で起きた歴史の苦しさを想うなら、そこで何かを持ち帰るのは、その霊の精神まで持ち帰ることになるのだと思わねばならない。

精神に憑りつかれた者は、その精神に殺される事もある。

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