遺体を祀る祈りの島(広島湾 似島) | コワイハナシ47

遺体を祀る祈りの島(広島湾 似島)

国民休暇村がある似島は、小学生では必ず学校の合宿で行く。

小学5年生の勇樹君も行くのを楽しみにしていた。

「おじいちゃん、似島に明日から行くわ」

「似島? 船で行くんか」

祖父の武雄さんは少し嫌な顔をした。

「学校の合宿じゃ」

「そうか。ほんじゃ、これ持ってけ。何か怖えことあったら、このお札身に着けて念仏唱えんじゃ。絶対体から離すなよ」

「何でそんなもん。誰も持っていかんわ」

「ええけ、持ってけ!」

珍しく激しい武雄さんの言い方に驚き、しぶしぶお守りのような形のお札を受け取った。

「何でこんなもん持ってかないかんのじゃ。カッコ悪い」

机の上にポンと投げて、荷造りしたかばんの中には入れなかった。

それを見ていた武雄さんは、武雄君のパジャマの胸ポケットに入れ、そっと縫い付けておいた。もちろん武雄君はそれを知らない。

あくる日、元気よく勇樹君は早朝に家を出た。

武雄さんは八百屋のため、早朝に市場に仕入れに行くので、勇樹君を見送ることはできなかった。

船で着いた似島は、瀬戸内海の眺めもよくて最高、クラスのみんなでわいわいと騒ぎ夜を迎えた。

勇樹君が寝ていると、バタバタと床を走り回るような音。子供の足音にも聞こえるし、重そうな大人の足音にも聞こえる。

10人いや20人? いやもっとか?

チリーン、チリーンと鐘が鳴る音がする。

どっかで聞いた鐘の音だ……すると暗い音で念仏が聞こえ出した。

その念仏の音が地の底から聞こえるような重低音で、耳が痛くなる程音量が上がってきた。

足音は勇樹君のそばでピタリと止まった。

どう考えても目を開けたら、自分の顔の横に足が何本も見えるだろう。そして絶対にそれは幽霊に違いない。

そう本能で悟った勇樹君。

うつぶせに寝ていた勇樹君、体を動かそうとするが全く動かせない。指先だけがやっと動いた。

心臓が早く打ち、キリキリと痛い。やっと右手が動き左胸を触った。

「何じゃ、胸ポケットに何か入っとる」

簡単に縫ってあった糸を外し、中から紙のお札のような感覚が指先にあった。

「じいちゃん、じいちゃん」

とにかく怖い時は念仏じゃ! と武雄さんが言っていたのを思い出した。

「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」

お札を握り締め、絶えず念仏を続けた。

やっと気配が消え、体が動くようになった。そっと目を開けると、窓の外をお坊さんのような袈裟を着た人を先頭に、黒い人影達がついて行っていた。

それもすごい勢いで、何十人もいた。

勇樹君は震えが止まらず、お札を握りしめた。

「勇樹くん」

「ギャー!」

肩を叩かれて飛び上がるほど驚いた。

振り向くと同じ部屋の吉田君が青い顔で立っていた。

「見た?」

「見た」

吉田君は去年東京からきた転校生で歴史が好きで、この似島の歴史も知っていた。

「ここ、死体をたくさん焼いた島なんだ」

「えっ嘘じゃ。じいちゃん何も言ってなかった」

「嘘じゃない。戦争が終わった後……離れたところにあるけど、レンガの建物があって今は跡だけしかないけど、焼却炉だった」

「さっきの行列は……」

「お坊さんがお弔いしてた場所なんだと思う」

勇樹君はこのことを家に帰って武雄さんに話した。

「やっぱりか……お札持って行ってよかったな」

似島は原爆の投下後、身元不明のご遺体を運んだ場所だった。また、他にもそんな島があった。ご遺体だけでなく、重症患者も診療所に運んだ。

とにかく爆心地近くの広島市は壊滅状態で、海の方へ行くしかなかったのもあるし、検疫所があったからとも言われる。

慰霊碑と焼却炉の跡地がひっそりと建っている。第一次大戦後はドイツ兵の捕虜収容所であり、バームクーヘンを作ったり、サッカーが渡来したのもこの島だった。

今は観光地としても有名で、休暇村や学校もある。

武雄さんの親戚も何名かひどい重体で運ばれたが、助からず亡くなったという。お墓も吹き飛び、お骨はわからなくなってしまったという。

もしかすると、勇樹君に会いに来たのかもしれない。

似島の焼却炉。ご遺体はここで火葬された

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