イチジャマ生霊(沖縄県) | コワイハナシ47

イチジャマ生霊(沖縄県)

ある夏の日、名護市に住む大嶺さん一家の庭にスズメバチが巣を作った。太いリュウキュウ松の裏側に作ったので、かなり大きくなるまで分からなかった。大嶺家の四女である志保さんには、それがただのスズメバチの巣には思えなかった。

朝からハチは家から出る家族を威嚇して、そこら中をビュンビュンと飛び回った。その日のうちに害虫駆除の業者がやってきて、薬を噴霧してすべては終わった。だが志保さんが職場から帰って来た時に、母親がこんな変なことをぼそりと言った。

「それがね、志保。蜂の巣がなんだか不気味だったのよ。人の顔に見えちゃってね。何度見ても、女が口を開けている風にしか思えなかったのよ。駆除業者の人は、こんな風に顔みたいになるのは、まれですがあるって言ってたけど。なんだか気味が悪くてね」

ところがそれから一週間ほどした後、また庭の中を手のひら程もある大きなスズメバチが飛び始めた。今度は二階の屋根の近くに巣作りを始めた。すぐに業者を呼んで対処したが、業者も、どうしてこんな短期間に同じ敷地の中に巣を作ろうとするのか、分からないと言った。

それから三日後のことである。朝、志保さんが会社に行こうと家を出ると、外の道路に見知らぬ女が立っていた。三メートルぐらい離れていたが、強烈なアンモニアの匂いが漂って来た。着ている服もパジャマのような感じで、髪の毛はぼさぼさ、しかも両手に死んだ猫を抱えていた。

「死なされるようなことをしたか、お前?」女はそう言って、死んだ猫を大嶺家の敷地にポンと投げ込んだ。

女はそれから訳の分からないことを延々と叫び続けるので、警察を呼ばれて彼女は連れて行かれた。精神病院に通院中の女で、なぜか糸満からやってきたらしかった。糸満といえば名護とは正反対で、歩いて来れる距離ではない。

死なされるようなことをしたか、お前?

志保さんにはまったく心当たりがなかった。

それから毎朝、庭では何かが死んでいた。

鳩がいきなり死んで落下してくることがあった。死んだ鳩は二時間後にはウジ虫が湧いて、死臭を放ち始めた。見知らぬ車がやってきて、灰皿の中身を庭にぶちまけたり、庭のすぐ前で酔っぱらいの喧嘩が起きて、一人が道路に頭を打ち付けて救急車で運ばれたりした。何か普通ではないことが起こっていた。

そしてなぜか、志保さんの弟の賢司さんが毎晩うなされるようになった。すでに成人して、営業として仕事をしていた賢司さんは、毎晩うなされるために睡眠不足になり、会社を休みがちになってしまった。

そこで家族で会議を開いて、ユタを呼ぼうかという話にもなったが、ユタ嫌いの父親がかたくなに反対した。

だが一週間後、糸満のくだんの女がまたやってきた。今度は姉と名乗る女性と一緒だった。

「この家の方とお話をしたいのですが」砂川さんと名乗るその姉は、志保さんにそう語った。

「はい、私は家のものです。何か?」

「ここでは何ですので、近くの喫茶店に行きませんか?」

こうして志保さん、砂川さん姉妹の三人は、近所にある喫茶店に入って行った。

「実はうちの妹、ユタなんです。神ダーリ(神掛かり)しているんです。そして妹は、あの家の人に話があると言って聞かないんです。失礼だとは思いましたが、物事にはこういう見方もあるぐらいの気持ちで、私たちの話を聞いて下さいませんでしょうか」

「はい、お話を聞くのは全然かまいませんが」志保さんが言った。

すると砂川さんがこんな話をし始めた。

「妹はあまり喋ることができないので、私がかいつまんでお話しします。妹が家で寝ていたら、声がしたらしいんですね。名護市の◯◯の三番地の◯◯という家に行けって、うるさいくらい、言ったらしいです。その家が大変だから、今すぐ行って知らせろって。どうやらイチジャマが飛んでいるらしいってことまではわかりました」

「イチジャマって?」

「本土の言葉で言えば、生霊です。聞いたことあるでしょう?」

「ええ、まあ。つまりうちの家に誰かが生霊を飛ばしているとでも?」

「そうなんです。ところが妹はまだ未熟で、何せ神ダーリの最中なもんで、この家に向かっているうちに、その生霊に捕まってしまった。逃げたかったけど、どうにもならない。それで気がついたら、イチジャマのなすがまま、死んだ猫を抱えて、あんなことをしたわけです。ほんとにどうもすみませんでした」

そういって砂川さんは妹のかわりに頭を下げた。横の神ダーリした妹は眠そうにうつむいたまま、何か念仏のようなものを唱えている。

志保さんは何と言っていいかわからなかった。

「で、その生霊は誰が、何のために飛ばしているんですか?」志保さんは聞いた。

「たぶん弟さんですかね。弟さんいらっしゃいます?」

「ええ、弟は一緒に住んでいます」

「彼女と最近別れたとか、そういった事はなかったですか」

「ええと、最近弟は十年付きあっていた女性と別れましたが、それと関係あるんですか?」

「イチジャマは多分、その女が飛ばしているんです」

「でもどうして?」

「分かりません。妹に分かるのは、この場合相手が無意識に飛ばしているのではなくて、意識して飛ばしているということです。しかも凄く強い。妹に分かるのはそれくらいです。なんとかしなければ、誰かが死にます」

砂川さんはそれ以上、怖くて探れないといった。妹は相変わらず、姉の横でうつむきながら誰かと喋っている。

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