庭のヘンダソン その1(沖縄県) | コワイハナシ47

庭のヘンダソン その1(沖縄県)

一体何から話していいものやら。とりあえず、順を追って、この話をしていこうと思う。

話の発端は、二十年以上前にさかのぼる。私、小原が仲村さん夫婦と知り合ったのは、とある雑誌の取材でだった。沖縄の格好いいガーデニング、とか何とか、そんな感じのものである。私はその頃そういった雑誌の取材と写真を担当していた。

ある日曜日のこと、地図と電話番号を渡された私は、車を飛ばして浦添のとある外人住宅に向かった。すでに編集者から先方には連絡を入れてあるので、とりあえずその場所まで行くと、仲村さんの家はすぐ見つかった。海が見える高台にある外人住宅であった。

外人住宅とは、もともとアメリカ軍人が住んでいた家で、ほとんどが平屋、広いリビング、車が二台以上停められる庭があり、最近ではここでショップを開くのがちょっとしたブームになっている。だが二十年以上前には、まだそれほどブームはきていなかった。

仲村さんは快く私を迎え入れてくれ、私は編集の指示したとおりに写真を撮影し、コーヒーをいただき、雑談した。そのうち、なぜだか急にユタの話になった。

ユタとは沖縄の霊能者のことをいい、シャーマン、もしくは東北のイタコと一緒に論じられることが多い。だが本当のユタは違うんだよね、などと仲村さんの旦那が話しかけてきた。

「ユタって、実際に会ってみるといろんな人がいて、言っていることも多少食い違うんだけど、見えているものは同じだなってわかって」と仲村さんが、庭には初夏になるとホタルがやってくるんですよ、という話の次に、唐突にそんな話をした。

「ユタに会ったんですか? それも複数?」

「そうです。一人は昨夜来ました。興味ありますか、ユタとかって」

「ええ、もちろん」

「あのね、裏庭にブランコあるでしょう?」旦那さんが指差したその先には、丁度大人が二人乗れるくらいの白いブランコが一つ、芝生の中に置かれていた。

「あれが夜になったらギーコギーコ、動くんですよ」

「ええ? 風でですか?」

「最初は風だと思ったんですけどね。白い影が乗っているんですよ。その影がブランコをゆっくり漕ぐから、ブランコは無風でも動くわけですよ」

ある日の夜、外人住宅に引っ越してきて間もない頃のこと。何だか眠れなかった仲村さんはベッドから起き上がり、水でも飲もうとキッチンへ向かった。すると庭からギーコ、ギーコとブランコをスイングする音が聞こえてくる。どうしてこんな夜中に、と思ってふと庭を覗くと、二人乗りのブランコに、白っぽいスーツを着た黒人兵士が一人で揺られているのが見えた。だがその姿は人間のそれではなく、どこか透き通って、煙のようでもあった。仲村さんは一目見て、その黒人兵士はオバケであると理解した。黒人は米軍が式典で着用するような、スラックスっぽい白い軍服を着用していた。仲村さんの目の前で、暫くの間、ゆっくりとそのブランコは揺れ続けていた。

これは大変なものを見てしまった。仲村さんは次の日、頭を抱えてしまったという。

外人のオバケがいる外人住宅を借りてしまった。これは風水を信じ、オバケを信じ、環境によって人間は左右されるのだということを大前提に生きている仲村さんにとって、一番避けなければならない事態だった。

さっそく仲村さんの那覇の親戚に頼んで、門中(むんちゅう=一族のこと)お抱えのユタが呼ばれた。那覇市の小禄という場所に住むオバアのユタで、出張料金ということでウガミ(拝み)代として一万円前金で払わされた。オバアは室内を見回ると「ヒージャーミーの悪霊だねー。私には祓えんから、帰ってもいいかねー。白い服を着てる。黒人の兵隊さんだけど、日本語が通じないさー」

そういってすごすごと帰って行った。結局それだけで、ユタは幽霊を祓えなかったにもかかわらず、お金も返ってこなかった。

ユタの言った「ヒージャーミー」とは沖縄方言で「山羊の眼」のことを指す。戦後、アメリカ人を見たウチナーンチュが、彼らの青い眼を総称して言った言葉だ。仲村さんは前もってユタに庭に幽霊がいるというようなことは喋ったが、外人であることや、白い服を着ていること、そして黒人であることなどは一言も喋らなかった。なのにユタはそれを言い当てた。

「あのユタは凄いよ。黒人で、白い服を着ていることまで当てたよ」仲村さんは興奮して奥さんに言った。

「でもあのユタは追い出せなかったんでしょう、幽霊。だったら半額返してもらうべきよ」

奥さんは女性らしい現実的なポイントを突いてきた。

なので、今度は別の親戚から南風原はえばるに住んでいるユタを紹介してもらった。五十歳くらいのおばさんのユタだった。娘さんの運転する軽自動車で現われたユタは、庭にあるブランコを見るなり、いきなり持っていた塩をブランコに向かって投げつけた。それから野犬でも追い払うかのように「しっし、しっし、あっちへいきなさい」と見えないものを庭の外に追い立て始めた。だがものの五分もすると、そのおばさんユタは仲村さんたちの元に帰ってきて言った。

「もういなくなったよー。心配いらないさ。ここで自殺した人みたいだね」

「自殺ですか?」

「そうだよー。大きな黒人だったよ。真っ白い服を着とったよ。名前も分かった。ヘンダソンとか言ってたね」

ヘンダソン。初めて相手の名前が分かった。ユタはそれだけの情報を伝えると、仲村さん夫婦から二万円をもぎ取り、来たときと同じように娘さんの運転する軽自動車であっという間に帰っていった。

その日の夜。再び庭のブランコがギーコ、ギーコと鳴り始めた。

「あのユタのおばはん。騙しよった!」仲村さんは、ブランコの音を聞くと激しく激昂してしまった。そして夫婦でこれからどうしようかと話している日曜日の午後、取材として私が仲村家を訪れたというわけであった。

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