大山貝塚(沖縄県宜野湾市大山) | コワイハナシ47

大山貝塚(沖縄県宜野湾市大山)

宮城さんが、まだ十代の若い頃の話である。十代の宮城さんは、とにかく人に当たることでしか自分を表現できないような、暴力的な性格だった。ある時、当時つるんでいた連中五名ほどで宜野湾の大山貝塚を訪れた際、ウタキの祠に悪戯をしてやろうということになった。

仲間と一緒に祠に岩をぶつけて、コンクリートの側面に幾つも傷をつけた。神も仏もあまり気にかけていなかった宮城さんは、聖域を汚したというよりも、文化財の一つをただ単に壊したという思いしかなく、そのまま仲間と別れて家に帰った。

その日の夜のこと。

バタン!

眠っていると、いきなり部屋のドアが勢いよく開いた。びっくりして目が覚めたが、なぜか身体が動かない。金縛りにあっているのである。次の瞬間、廊下から二十人くらいのひげを生やした仙人風の小さなおじさんたちがドンドンと足音を響かせながら現われ、宮城さんの身体をぐるりと取り囲んだ。

仙人風のおじさんたちは、持っている杖を使い、かきまぜるような仕草で宮城さんの身体をこねくり回し始めた。杖でこねくり回されると、おぞましい恐怖の感情が襲ってきた。殺される、と思った瞬間、一人の仙人が宮城さんの胸の上に載り、杖を口の中に入れてグリグリとかき回し始めた。思わず嗚咽を漏らして、宮城さんはそのまま自分の胸の上に嘔吐した。

目覚めると仙人風の小さなおじさんは消えていたが、自分の胸の上には吐き出したままの吐瀉物がそのまま残っていた。

そして次の日も、そのまた次の日も仙人たちは襲ってきた。毎晩毎晩、杖を喉の奥に突っ込まれて嘔吐するので、宮城さんは気がおかしくなりそうになり、我慢できずに両親に相談した。話を聞いた両親は激怒した。

「あんたね、神様の聖域に何をしでかしたのかねー」

そのまま知り合いのユタの元に連れて行かれた宮城さんは、ユタからこんなことを言われたという。

「すぐに大山貝塚の神様に手紙を書きなさい。その手紙を貝塚で声を出して読み上げて、一晩その場所で許しを請いなさい」

そこですぐさま大山貝塚の神様に手紙を書き、その手紙を携えて夜中の大山貝塚にやってきた。

沖縄屈指の心霊スポットとしても有名な場所で一晩過ごすのは避けたいことではあったが、毎晩仙人風の小さなおじさんたちに嘔吐させられるよりかはマシだった。宮城さんはとにかく書いた手紙を祠の前で声を出して読んだ。そして手紙を祠に収めると、祠の前の階段に座り込んで、時間を過ごすことにした。

大山貝塚の横は、森と、その後ろは米軍基地しか無く、静寂と闇だけが広がっていた。暗闇の中で座っていると、次第次第に恐怖が心の中を蝕み始めるのが分かった。とにかく怖かった。身体が自分でも信じられないくらいに、恐怖に震えだすのが分かった。

やがて時刻が夜の二時を回るころ、騒がしい声が聞こえてきた。

男女の一群が、肝試しにやってきたのである。声から分かったのは某大学のサークルで、「肝試しにまいりましたー!」と酔っ払いながら大山貝塚を目指していることだった。

見つかるのは気まずいと、宮城さんは向かって右側の広場のような場所に隠れる事にした。すぐさま若者たちの集団が現われ、笑ったり冷やかしたりしながら祠に近づいていった。宮城さんは人が来たので少しホッとしたのと同時に、なにやらただならぬ気配を感じていた。

夜に目が慣れてきた宮城さんは、祠の周囲が月明かりにぼんやり光っているのが見えていた。と、同時に祠の右下部にある洞穴から、糸のような細い光るものが、ゆっくりと鎌首をもたげる蛇のように立ち上がるのも見えた。それは宮城さんの見ている前でズンズンと伸び、若者たちの頭上にまでやってきて、とぐろを巻いた。

それに気付いた若者たちは悲鳴を上げながら、必死になって今来た道を戻っていった。

若者たちが消え去ると、その場には宮城さんと光る糸のようなものしか存在しなかった。こっちには気付いてくれませんようにと心の中で祈っていたが、やがて光る糸は、横で隠れている宮城さんに気付いたかのように、先端をそちらの方へ延ばしてきた。

宮城さんは恐怖に固まってしまって、声を出して許しを乞うた。

「ごめんなさい。もうしませんから許してください。二度としません。仲間にも言います。本当にすみません!」

宮城さんは、迫り来る糸に対して、そう言った事までは覚えている。

気付くと、宮城さんは知らない場所で眠っていた。とある病院のベッドの中だった。

宮城さんはあの日から行方不明になり、一週間後に宮城海岸という場所で全裸で歌を歌っているところを保護された。宜野湾市大山から北谷の宮城海岸まではかなりの距離がある。うわごとのような事を喋り、「私には犬の霊が憑いている」と喋ってから、完全に神ダーリの状態になってしまっていた。仕方がないので両親は彼を入院させたのだが、ちょうど入院してから一年後に、急に意識が戻った。

ところが宮城さんにはその一年間の意識がぽっかりと抜け落ちていた。医者は何らかの精神的ショックによる一時的な記憶喪失だと判断したが、宮城さんにはそうは思えなかった。

宮城さんは今でも自分が神様から罰を受けたのだと信じている。

この話をしてくれたのも、無軌道な若者たちがこんな過ちをして欲しくないという一心から話をしてくれた。それがせめてもの罪滅ぼしだと、宮城さんは考えている。

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