キンジョー(沖縄県コザ市) | コワイハナシ47

キンジョー(沖縄県コザ市)

大城さんは昔、沖縄市コザで小さな居酒屋を経営していた。奥さんと二人で切り盛りして、それなりの収益をあげていた。あることがあって店をやめるまでは、それなりに繁盛していたという。

「でもね、あいつがいたからね」と大城さんは言う。「おそらく、あいつのせいで俺は体を壊して、客も逃げていったんだよな。こうなったのも、ぜんぶあいつのせいなんだ」

あいつ、とは、店を閉める五年程前から頻繁に店に現れるようになった、一人のオジイのことである。

五年前のこと。その夜も客入は順調だった。大城さんは厨房に入って、奥さんとアルバイト二人が店をきりもりしていた。午前二時を回ったので店を閉めようとしていたとき、アルバイトの女の子が店の外で誰かと口論しているのが聞こえた。

「やめて下さい。店長! 来て下さい!」

そんな声が聞こえて来たので、大城さんは急いで店の外に出てみた。

するとアルバイトの女の子が、店の前に座り込んで動けなくなっていた。

「どうした?」

「店長、この人おかしいんです。覆い被さって動けない! 助けて!」

大城さんは、キョトンとしてしまった。この人って? 大城さんの目には、女の子が一人で座り込んで、苦しそうに喘いでいるだけだった。立とうと思ったら簡単に立てるだろう。あるいは客に酒でも飲まされて、腰でも抜かしたのだろうか?

「おい、お前、酒でも飲んだのか?」

「飲むわけがないでしょ! この臭いオジイを早くどかして下さい!」

しばらくウンウンと唸っているかと思ったら、急に彼女は立ち上がって、それから大声で悲鳴を上げた。

次の日から、彼女はアルバイトに来なくなった。

居酒屋に良く来るなじみの客で、秋子さんという年輩の女性がいた。秋子さんはよく一人でやってきては、大城さん夫妻と歓談してから機嫌良く帰っていった。この秋子さんという女性は、あとで分かったのだが、界隈では有名なユタだった。

平日の夜中一時頃、秋子さんが最後の客で、大城さんと奥さんは彼女を見送りに一緒に店の外に出た。また来て下さいね、と二人で頭を下げていると、どこからともなく一人の酔っぱらいのオジイがふらっとやってきて、「店開いてるか?」と聞いて来た。

「はい、二時まで開けています」と大城さんは答えた。

その瞬間、秋子さんが急に嫌な顔をした。秋子さんは大城さんの方を見ながら、こんなことをいった。

「大城店長、この人、黄泉の人だからいれたらダメよ」

「ヨミって、なにが?」

大城さんがはっとしてもう一度オジイの方を見ると、すでにいなくなっていた。その酔っぱらいのオジイは、奥さんにもはっきりと見えたという。

それからしばらくして、常連の阿波連さんが店を出るとき、一人の酔っぱらいのオジイから声をかけられた。酔っぱらいはキンジョーと名乗るだけで、話が全く噛み合なかったという。阿波連さんが話していると、いつの間にか消えていなくなっていた。

それからもちょくちょく、キンジョーと名乗るオジイが店の外に現れた。だいたい午前一時あたりに現れるのであるが、決して店の中には入ってこようとしない。いつも店の外で目撃されるのである。

ある夜、やってきた秋子さんと大城さんは、こんな会話をした。

「大城店長、あのオジイはきっと戦後すぐに亡くなった人だはず」

「どうして分かる?」

「そんな臭いがする。今はこの店は守られているからいいけど、店の中にまで入って来たら、もうおしまいさ。きっと良くないことが起こるはず」

「じゃ、どうしたらいい?」

「安須森に登って、頂上から石を一個持って来なさい。それを店の中にビジュルとしてお祭りしなさい。そうすれば、この店は大丈夫だから」

最初はふんふんと話を聞いていた大城さんだったが、話を聞いていくうちにだんだん心配になってきた。もとよりそういったユタ事には興味のある大城さんだったが、まさか自分がユタ事の渦中に巻き込まれるとは思いもよらなかった。

それからもキンジョーが店の外に現れて、常連客の間にも変な噂が広まり始めた。あからさまに店の中で幽霊話をする客まで現れたが、大城さんは笑顔で「そんなバカな話はないですよ」と笑顔で応対していた。だがアルバイトの大学生が次々にやめ、奥さんも次第にそのせいか体調を壊す日々が多くなってきた。大城さん自身も閉店間際、店の外にいるキンジョーを度々見かけたことから、ある日の休日に「これではもうダメだ」と思ってしまった。そこで車を飛ばして、北部まで行くことにした。

沖縄県北部に辺戸岬という場所がある。そこからさらに北へ行くと、安須森と呼ばれる山がある。ここは聖域とされ、沖縄の神様であるキンマモンが現れる前には、必ずこの山に涼傘りゃんさんが立ってそれを知らせたと言われる程の位の高い場所だった。頂上など数カ所にはウタキもあり、現在でも信仰の要となっている。大城さんは安須森のことは話には聞いており、一度は行ってみたいと思ってきたが、これまでそんな機会もなく、幾度も前を素通りして来た場所だった。

大城さんは安須森につくと、意を決して登り始めた。だがもう五十も過ぎて、足腰も弱くなっている上に、途中で九十度の絶壁にぶちあたった。二メートル程だったが、上から一本のロープがぶらさがり、それを登っていくしか道はなさそうだった。

何度か大城さんは試してみたのだが、メタボで運動音痴な体はまったく上に上がってくれなかった。そのうち曇り空だったものが、次第に暗さを増し、やがて大粒の雨が降って来た。

「もうだめやっさ!」大城さんは安須森の中腹でギブアップしてしまった。「神よ、もうお許し下さい。ここで十分じゃないですか? 頂上に登れだなんて、とても無理やっさ!」

大城さんは拝所でもない場所でウートートゥーしてから、目の前にあった石を適当に一個選んでポケットにいれた。頂上まで登ることは叶わなかった。

次の日、店に行った大城さんは、照屋仏具店で買った神棚セットを適当に備え付けてから、そこに安須森から拾って来た石をうやうやしく置いた。

「頂上まで良く行けたわね」と奥さんが皮肉を言った。

「当たり前さー。俺だってまだまだ若いんだよ。そんなことを言ったらしなすぞ」

大城さんは頂上まで登れなかったとは、口が裂けても言えなかった。それからしばらく、店は何事もなく繁盛していた。だがそれから二、三日後のこと、大城さんが店を閉めていると、店内に汗臭い嫌な臭いが充満していた。ふと見ると、カウンターに一人のオジイが座っていた。

「出てけ!」びっくりした大城さんは怒鳴り声をあげた。次の瞬間、後ろ姿のオジイはふっと消えていなくなった。

「それから二ヶ月後なんですがね」と現在の大城さんは語る。「不審火があって、店は丸焼けになっちゃったんですよ。休みの日だったもので、さいわい犠牲者は誰も出なかった。焼け跡には何も残ってなかったんですが、あの石だけはなぜかちゃんと残ってました。形で分かったんですよ。あとで秋子さんにそれとなく頂上まで登れなかったと伝えると、烈火の如く怒られました。そして石はすぐにでも安須森の元の場所に返して来いといわれて、返してきました。もしあそこで私が頂上まで登って石を拾って来たら、店は無事だったんですかね。私にはわかりません。キンジョーって名乗ったあのオジイの正体も結局分からないままです。つい最近聞いた話ですけど、あの場所は過去に何度も火事になっているって話です」

大城さんの神棚には、現在では安須森の頂上から拾って来たこぶし大の石が載せてある。機嫌のいい日には、この石は良く笑うという。その話は、いずれまた。

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