ヒラウコー【平御香】(沖縄県) | コワイハナシ47

ヒラウコー【平御香】(沖縄県)

「私自身は東京の生まれ育ちなので、故郷を懐かしむ感覚ってあまり解らないんですが……そんな自分でも、あのときは〝ふるさとって良いなあ〟と思いましたね」

しみじみとした口調でそう話すのは都内在住のフラワーコーディネーター、平原さん。

いまより十年ほど前、彼女がまだ高校生だったころのとある出来事をうかがった。

「物語の主役は私ではなく……お祖父じいちゃんなんですけどね」

彼女の祖父は戦後まもなく沖縄から上京し、ラジオ店の見習いを経て電器店を開業。

「町内のテレビは、すべて自分が売った」が口癖の、商才あふれる人物だったようだ。

「私が小学校にあがるころには、もうお店は閉めていましたけどね。それでもたまに近所の人から修理を頼まれては、嬉しそうに洗濯機などを修繕していました」

そんな働き者だった祖父の様子が一変したのは、平原さんが中学のときだった。

玄関先で足を挫いて、寝たきりになってしまったのである。

「あの元気な祖父ちゃんだ、すぐに回復するだろう」

そんな両親の予想に反し、祖父はあっという間に老けこんで、ほどなく寝床からまったく動けなくなってしまった。はじめのうちこそ家族の問いかけに答えていたものの、やがて、祖父は目を瞑ったまま、ぼんやりと一日を過ごす日が多くなっていったという。

「でも、私は寝たきりの祖父も嫌いではありませんでした。ときおり顔が弛緩して、まるで子供のような表情を見せるのが、なんだか可愛らしくてね」

そんな状態が続いていた、ある年の冬。

塾から帰宅した平原さんは「ただいま」と挨拶をするため、祖父の部屋を訪問する。

「そしたら……歌っていたんです」

祖父は寝床に横たわって天井を見つめたまま、鼻歌を口ずさんでいた。独特の歌詞と特徴的なメロディーが、沖縄の民謡であることを告げていた。

「驚きました。それまでは〝沖縄の話をしてちょうだい〟と私がねだっても、戦争の記憶が辛かったのか、けっして語ろうとはしなかったんです。そんな祖父が嬉しそうに故郷の歌を歌っているんですからね、そりゃあビックリしますよ」

平原さんは咄嗟に祖父のかたわらへ座ると、歌を黙って聴き続けた。祖父がなにか大切なことを伝えようとしている──そんな気がしたのだそうだ。

「つんだら、つんだらよ……その歌詞だけ、明瞭と記憶しています」

翌週の早朝、祖父は眠るように旅だった。

「悲しい反面、両親は安らかな最期に安堵していたようです。そのためか、葬儀はわりかし陽気な雰囲気で。まだ若かった私は、すこしばかり戸惑ったのを憶えていますよ。ところが、その後、四十九日の法要で、ちょっと問題が起きたんです」

法要は檀那寺の本堂でおこなわれた。

両親と平原さん、そして車椅子の祖母が本尊の前に座り、住職の経に耳を傾ける……なんの変哲もない、一時間ほどで終わる法要のはずだった。

ところが、法要はなかなかはじまらなかったのである。

「何度点火しても、線香がすぐに消えちゃうんです。住職も半ばヤケになっちゃって。しまいにはお線香を束にして香炉に突き刺し、なんとか火を点つけました。ところが」

ようやく読経がはじまって、一分も経たないころだった。

「おい、なんだこれ」

父の指摘に、家族全員がおもてをあげる。

線香の煙が螺旋を描くように、ぐるぐるぐるぐると平原さんたちのまわりを回転していた。本堂は襖も障子も閉めきっており、風が吹きこむ隙間などない。

ざわつく家族に気づいた住職が思わず読経を止める。途端、本尊の前に置かれた磬子が、誰も触れていないのに、ごうん、と鳴った。

「もう大騒ぎですよ。父は〝坊さんの功徳が足りないんじゃないのか〟なんて言いだすし、母にいたっては〝お祖父ちゃん祟ってるのよ、お祓いしなきゃ〟と騒ぎだす始末で」

住職を含めた一同が戸惑うなか、それまで黙っていた祖母が、おもむろに口を開いた。

「もしかしたら、お祖父ちゃん……〝お線香が違う〟と言っているのかもしれないよ」

これ、沖縄のお線香じゃないもの。

聞き慣れない単語に沈黙する皆をよそに、祖母はゆったりと説明を続けた。

「私も若いころにお祖父さんから教えてもらったんだけどね……沖縄のお線香って、普通のお線香よりも平たくて、それを割って火を点けるんですって。お祖父ちゃん、そのお線香で供養してほしがってるんじゃないの」

半信半疑ではあったが、ほかに思いあたるふしも解決策もない。ものはためしと、家族は沖縄に住む遠縁の親戚へ連絡をとり、ヒラウコーを送ってもらったのだという。

はたして、翌週。一家はヒラウコーで改めて法要をおこなう。

「このあいだのアレはなんだったのと呆れるくらい、煙はまっすぐにあがっていました。〝天にのぼる〟って言葉がぴったりの、やわらかな煙でしたよ」

法要は、つつがなく終わった。

「祖父ちゃんは、ふるさとに帰ったのかもなあ。だったらこっちも、ふるさとのやりかたで見送ってあげないと、そりゃあ困るよなあ」

帰り道で父が愉快そうに呟いた言葉が、強く印象に残っているそうだ。

「いまでも、祖父の法要のときは沖縄のお線香を使うようにしています。ちょっと不思議な香りがして、私はわりかし好きなんですよ」

平原さんは、とても嬉しそうに微笑んだ。

【平御香】

沖縄の伝統的な黒い板状をした線香。麩を作る際にでるデンプンが原材料である。縦に五本の筋が入っており、割って用いるのが特徴。一枚の板を一平または六本と勘定し、一平を半分に割ったものは三本、二平の場合は十二本などと数え方が変わる。その本数にもそれぞれ意味があり、十八本以上は基本的に祭祀儀礼などで使用され、神事をとりおこなう神人しか扱ってはいけないとされている。

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