悪童の災難 弥五郎どん(鹿児島県) | コワイハナシ47

悪童の災難 弥五郎どん(鹿児島県)

五十嵐さんは子供のころ、たいそうな悪童として名を馳せていた。

「塀に落書きをしたり、走っている車に爆竹を投げたり……とにかく、大人が咎めることはほとんど実行したんじゃないかな。僕の田舎は鹿児島の大隅半島なんだけど、あのあたりの言葉で《ワリコッボ》、悪戯小僧って方言が、そのまんまあだ名になっていたくらいだもの」

そんな、ある年の秋。

五十嵐さんは新たな悪戯の標的として、《大物》を選んだ。

「ウチの町には、弥五郎どんという髭面の巨大な人形が伝わっていてね。地域の守り神みたいな存在で、みんなに愛されていたんだけど……たぶんそれが気に入らなかったんだろうな。〝その顔に落書きをしてやろう〟と閃いたんだ」

弥五郎どん人形は年に一度、お祭りの日に神社で組み立てられる。

竹で胴体を編み、面を取りつけてから、合図に合わせて大人数で綱を引き、巨大な人形を起こすのである。

この「弥五郎どん起こし」をおこなった者は健康に恵まれ、運勢が良くなると伝えられていた。そのため、早朝にもかかわらず境内には子供から老人まで多くの人々が集まる。五十嵐さんは、その混乱に乗じて悪戯を決行しようとひそかに企んでいた。

「もし成功していたら拳骨どころじゃ済まなかっただろうね。そう……失敗したんだよ」

決行当日。五十嵐少年はこっそり家を出ると、夜も明けきらぬなかを神社へ走った。

たどりいた境内は、すでに人でごったがえしている。見知った顔がいくつもあった。みな、一年に一度の祭りを前に高揚しているのがありありとうかがえた。

吞気なもんだ。いまからなにが起きるかを知ったら、腰を抜かすかもな。

ほくそ笑みながら境内を進み、人の輪のなかへ潜りこむ。ポケットに忍ばせた油性ペンを何度も確かめて、彼はその瞬間を待った。

「弥五郎どんがぁ、起きっどおぉ」

やがて掛け声とともに社殿の扉が開き、法被を着た若い衆がどっと溢れてきた。背伸びをして社殿のなかを覗くと、ぶわりとした臙脂色いろの大きなかたまりが横たわっている。

弥五郎どんだ。

息を吞のむ五十嵐さんの目の前で、若い衆は号令に合わせてかたまりを取り囲むや社殿から引きずりだし、胴体の一部へ器用に縄を結びつけた。この綱をみなで引いて、弥五郎どんを起こすのである。

人々がいっせいに綱へ群がる騒乱のなか、五十嵐さんは群衆と反対方向へ移動した。

頭部付近には、起きあがった弥五郎どんの背中を支えるため、長い棒を握りしめた若衆が待機している。

彼らの背後へそっとまわり、ポケットをまさぐってペンのキャップを抜いた。

よし、いまだッ。

駆けだそうとした足が、驚きのあまりたたらを踏む。

前を見据えているはずの弥五郎どんが、こちらを直視していたのである。

「吊つりあがった目が、まっすぐ私を睨んでいたんだよ。鷹みたいにまん丸の怖い目でね。射竦くめられるとは、まさにあのことだったな」

ぎょっとしてあたりを見まわすが、異変に気づいた様子の者はいない。再び視線を戻したときには、人形はいつものように前方を睨んでいた。

見間違いか、でも、いまたしかに。

「結局、躊躇しているうちに弥五郎どんは無事起きあがってしまってさ。悔しかったな」

帰り道、彼はいましがたの出来事を必死で否定しつつ、明けなずむ町を歩いていた。

あれは錯覚にきまっている。どれだけ信奉されようが所詮は人形、目が動くはずなどないではないか。そんなものに怯えて失敗するとは、自分はなんと臆病なのか。

このままでは引き下がれない。

よし、パレードのときに花火でも撃ちこんでやろう。

新たな計画を練りながら家へ戻り、そろそろと玄関を開ける。音を立てぬよう靴を脱ぎ、花火の所在を確認しようと二階の自室へ向かった。

「ひゃっ」

ドアを開けるなり、彼はその場にへたりこんだ。

重いものでも落としたように、部屋の畳がべっこりと陥没している。

へこんだ畳の輪郭は、どことなく巨大な足跡を思わせる形であったという。

呆然と眺めていた最中、今度は脳天に激痛が走った。痛みに悶えつつ振りむけば、母親が憤怒の表情で拳骨を握りしめている。

「痛ッたあ。何ちね」

「きっせからしかぁ(やかましい)、こん馬鹿がッ。朝っぱらからドスンドスン騒ぎよって。おまけに畳ぁこげんして、なんのつもりじゃッ」

「そんな、オレはさっきまで弥五郎どんに……」

「ウソつくなッ」

怒声とともに、再び拳骨が襲う。

必死の弁明もまるで聞き入れてはもらえなかった。

「弥五郎どんより母かかぁのほうが何倍も恐ろしかった。花火を探すどころじゃなかったね。それを機に、悪童も店じまいってワケだよ」

「いまでも地元に帰ると、弥五郎どんの前ではちょっぴり緊張するね」

とは、五十嵐さんが最後に呟いた台詞せりふである。

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