坂の怪群W坂(石川県) | コワイハナシ47

坂の怪群W坂(石川県)

類似した怪談が立て続けに舞いこむ──そんな経験を、これまで何度か味わっている。

人魂にまつわる怪異譚を一週間のうちに四話続けて拝聴したり、廊下の隅でうずくまる子供の目撃報告を別の地域に暮らす人間から連続して届けられたりと、種類はさまざまである。偶然と言ってしまえばそれまでだが、扱っている中身が中身だけに笑い飛ばすのも妙に憚られて、しばらく落ち着かない心持ちになる。お化け屋の職業病のようなものかもしれない。

ここ最近はそういったシンクロニシティめいた出来事も鳴りを潜めていたのだが、今回本書の執筆をはじめた途端、同様の場所で起こった怪談が三日と間を空けず送られてきた。これは「書け」という託宣にほかならぬと強引に結論づけ、筆を執る次第である。

二年ほど前のある夜、K市に住む美代さんはスクーターで自宅までの道を走っていた。

K市内を流れるS川を横目に、昔ながらの住宅街を進む。夜風を楽しみつつ、やがて彼女は桜橋へと差しかかった。

おや。

ふいに違和感をおぼえて、スピードを緩める。

桜橋をわたった先には寺町へ続く坂道があり、その下には若い女性を象かたどった三体の銅像が建てられていた。

その像が、四体になっている。

昨日ちらりと見たときには、確かに三体しかなかったはずだ。いつの間に増えたのか。わずかばかり不思議に思ったが、立ち止まって確かめるほどのことでもない。

首を傾げながらそのまま銅像の前を通りすぎ、帰宅した。

ところが。

翌日、おなじ場所を通勤していた美代さんは驚きのあまり転倒しそうになった。

銅像が、三体しかない。

思わずスクーターを停めると、像に近づき確認してみたものの、取りはずしたような形跡は発見できなかった。そもそも銅像が据えられている台座には、もう一体乗せるような余地などないように見える。

では、昨日のあれはなんだったのか。本当に銅像だったのか。

銅像でなかったとすれば、いったい。

にわかに怖くなって、美代さんはその場から猛スピードで立ち去った。

以来、その坂が怖くてたまらないという。

おなじくK市に暮らす夏美さんは高校生のとき、三歳年上の男性と交際していた。男性はすでに高校を卒業し、国道沿いのガソリンスタンドで働いている。そのため、ふたりのデートは彼の仕事が終わる夜八時過ぎにスタンドの近くで落ちあい、散歩がてらに寺町をならんで闊かつ歩ぽするのが常であったという。

ある夜。文化祭の準備で下校が遅くなった夏美さんは、急ぎ足でガソリンスタンドへ向かっていた。いつもであれば広い国道を歩くのだが、その日は予定よりも遅くに学校を出たため、普段のルートでは彼の終業に間に合わない。悩んだすえ、彼女は近道にあたる坂へ足を進めたのだという。

平仮名の「く」の字を思わせる、幾重にも折れ曲がった坂は、いちめんの闇に包まれていた。

昼間のおだやかな佇まいは、いまや黒に染まってその表情を一変させている。この道を選んだ我が身をうらめしく思ったが、いまから引き返すわけにもいかない。

覚悟を決めて幅の広い石段をおそるおそる歩いていると、上から、ひたん、ひたん、と、雪駄か草履のような足音が聞こえてきた。坂をのぼった先には茶屋町もあるから、和装の人間がやってきてもおかしくはない。

「芸妓さんかな」と思いつつ、夏美さんは歩みをやや緩めた。すれ違う妨げにならぬよう、坂の端へ身を寄せるつもりであったらしい。

だが、いつまで待っても足音の主は見えない。やがて、ひたん、ひたんと音だけが、彼女の脇を通り過ぎていった。去り際に、耳許で「くすくす」と笑う息づかいが聞こえた。

号泣しながら登場した彼女を見て、事情を知らぬ彼氏は大笑いしたそうである。

以来、その坂が大嫌いになったという。

ある晩冬の朝、柴山さんは日課の散歩へ出かけた。

S川に沿って大橋まで歩き、寺町を抜けて坂を下ってから再びS川へ戻る。定年退職を迎えてからまる三年、一度も変えることのない順路であった。

数日前に降った雪は日中の陽気にさらされシャーベット状に溶けている。春の気配が近づいているのは嬉うれしかったが、おかげで歩行もままならない。何度か転びかけながら、摺り足で歩を進めた。

慣れない歩き方の所為か、坂へ差しかかるころにはずいぶんとくたびれていた。

時間も普段よりだいぶ過ぎている。朝食を前に、帰りを待ちわびている妻の顔が脳裏に浮かんだ。

急ごう。

自分に呼びかけて大股で坂をくだる。それがいけなかった。

あっと思ったときには、濡れた石段で足を滑らせていた。手摺りを摑もうとした指が空を切る。体勢が崩れ、視界が回転する。転ぶと覚悟を決める。掌が背中に触れる。

「えっ」

気がつくと、石段のまんなかに直立していた。慌てて身体を確かめたが、転んだ形跡はどこにもない。でも、いま、たしかに、転んで、そのとき、誰かが。

そうだ、誰かが。

唐突に背中を支えてくれた感触を思いだし、振りかえる。

背後は、いつもと変わらぬ石垣と桜の木が静かに佇んでいるばかりだった。

あなたがた……なのかな。助けて、くれたのかな。

柴山さんは無人の坂へ深々と一礼してから、その場を去った。

以来、その坂がますます好きになったという。

シェアする

フォローする