島にて(福井県) | コワイハナシ47

島にて(福井県)

二十年ほど前の話になる。

福井県K市在住の香山さんはそのころ、ふたつほど年上の男性と交際していた。

「私が十八歳で向こうが二十歳。お互い若かった所為ですかね、その、なんといいますか、いつも求めあっていました。あけすけに言えば、エッチに夢中だったんです」

しかし、当時はどちらも実家暮らしであったから、家族がひとつ屋根の下にいる状況で行為におよぶのはさすがに憚かられた。かといって金もないので、ラブホテルの類を頻繁に利用することもできない。しかたなく、ふたりは彼が母親から譲ってもらった軽自動車のなかで、何度となく身体を重ねていたのだという。

「でも、空間は狭いし座席は硬いしで、いいかげん厭になっちゃって。〝たまにゃあ伸び伸びとエッチしよっせ〟って訴えていたんです。そしたら」

ある夏のはじめ。いつものようにふたりで夜のドライブを楽しんでいると、彼が「のぉ、面っ白しぇとこに行こっさ」と言いだした。

どこへ向かっているのか訊ねたが、彼は不敵に笑うばかりで答えようとしない。あまり詮索しては彼が機嫌をそこねるような気がして、香山さんはそれ以上なにも訊かなかった。

車を走らせること一時間。着いたのは、海岸沿いにあるOという島だった。

「このへんではいちばん大きい島です。島全体が神社の境内、聖域になっていると聞いた憶えがありました。陸地から橋が架かっているので、海岸から歩いて渡れるんですよ」

橋の近くへ車を停めるなり、彼が「さ、行こっせ」と香山さんの胸に触れる。その瞬間、相手がなにをしようとしているのかを理解した。

「要は彼……外でするつもりだったんです」

驚きはしたものの、彼女自身もまんざらではなかったのだという。

「正直にいえば、いつもより興奮するかもってドキドキしてました。ほんと、若さって怖いですね」

懐中電灯を手に島へ向かう。よほど長い橋なのか、道の先は暗闇に吸いこまれてなにも見えない。ときおり照らされる朱塗りの欄干が、ぎょっとするほど鮮やかだった。

思わず袖を摑むと、彼が「怖いのけ」と笑った。

「のぉ、O島には波の関係で水死体が流れ着くほうや。もしかしたら、死んだモンがわめ(自分たち)を見とるかもよ」

おどけた口ぶりで彼が囁やく。その言葉を聞いた途端、目の前の闇が急に怖くなった。

「誰にも見られないんじゃなくて、誰に見られているか解らないんだ……そう考えたらぞっとしちゃったんです」

島の入口に立つ鳥居をくぐって、神社の境内へ続いているとおぼしき石段をのぼる。どうやら彼は《目的》の果たせそうな場所を必死に探しているようで、足どりがすこぶる速い。遅れまいと慌てて摑んだ手が、うっすら汗ばんでいる。

興奮する彼とは裏腹に、香山さんはすっかり冷めていた。先ほどの脅し文句の所為で、高揚感など微み塵じんもない。けれど、いまさら「帰りたい」などと口にすれば彼が不機嫌になるのは目に見えていた。

この調子ではめあての場所は見つからないだろう。島を巡り、適当なところで帰還を促そう。帰り道のどこかで車を停めて《目的》を果たせば、彼も満足するに違いない。

そんな皮算用を頭のなかで描きながら歩いていた、最中だった。

「声がしたぞ」

彼が突然叫ぶなり、懐中電灯をぐるぐると振りまわした。グランプリを決める授賞式のスポットライトよろしく回転する光に、木々がちらちらと映る。驚いて耳を澄ませたが、波の音以外はなにも聞こえなかった。

「誰も居おんて。な、帰ろ」

袖を引きながら彼に告げた次の瞬間、ざわめきとともに数歩先の藪から男女ふたりが、ぬっと姿を見せた。こちらへ背を向けているため顔はうかがえないが、服装を見るかぎり自分たちとほぼ同年代のようである。

安堵に、長く息を吐いた。

おおかた向こうも自分たちとおなじ目的で島にきたのかもしれない。いざ本番を迎える直前に邪魔をしたとあっては申し訳ない。今回はこちらが引き下がろう。

「ほかに人がおるやん。戻ろ」

ちょうど良い口実を見つけ、やや弾んだ口調で隣に囁く。

返事がなかった。彼は口をぽかんと開けて、前方をぼんやり見つめている。

「どしたん。のぉ、もう帰……」

言いかけた台詞が、眼前に目を留めた瞬間、詰まった。

カップルは、顔の上半分がなかった。

アイスクリームのディッシャーで掬すくったように、ぽっかりと目鼻がこそげ落ちている。唇だけが、かぷ、かぷ、かぷ、かぷ、と酸欠の金魚よろしくひたすら動いていた。

「んむぅ」

彼が喉を鳴らす。後ずさった靴が砂利を踏む。そんなふたりを笑うように、顔の欠けたふたりがこちらを指さして、あっあっあっあっ、と笑った。

おなじ人間の声を重ねて再生したように、ぴったりと揃った笑い声だった。

「彼を突き飛ばして我先に逃げました。石段で転んで膝も掌も傷だらけでしたが、よくもまあ大怪我せずに車まで辿たどり着いたと、あのときの自分に感心しますね」

帰り道はどちらも無言だった。

置いていかれたのがよっぽど腹に据えかねたのか、それともあの後に《なにか》を視てしまったのか。彼とは、それきりになった。

数年後。

社会人になり東京で暮らしていた香山さんは、ある飲み会で知り合った同郷の男性に、話の流れでくだんの出来事を語って聞かせたのだという。

笑われるだろうという予想に反し、男性はしばらく考えてから「欠けたのかもなあ」と静かな調子で呟つぶやいた。

「あの島、すぐそばが東尋坊でしょ。ほら、自殺で有名な。あそこで見つかる死体ってさ、岩礁に勢いよくぶつかるから、顔とか手とか欠損してるんだよね。たぶん、そのふたり」

心中じゃないの。

淡々とした口調が、かえって恐ろしかったそうだ。

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