鳴り響いた空の音(宮崎県高千穂町) | コワイハナシ47

鳴り響いた空の音(宮崎県高千穂町)

八木君は、人生で一度だけ不思議な体験をしている。

平成二年、小学校三年生の夏だったという。

「日付も時刻もはっきり憶えています。夏休み最終日で、ラジオ体操から帰ってくるなり手つかずの宿題と格闘しはじめましたから」

こんなんだったら、夏休みのはじめにやっとけば良かった。

毎年恒例となった後悔を抱きつつ、広間の座卓に算数ドリルを広げて頭を悩ませていた、その時だった。

キィイィィィィイイイイイイイイ

天井の向こうから、耳を聾せんばかりの爆音が轟いた。

「車がバックする時のモーター音を、何千倍にも大きくしたような音でした」

驚いて、台所で朝餉の支度をしている母親のもとへと駆け寄った直後、今度は地鳴りのような響きが家全体を震わせた。

ただごとではない。

子供心にも大変な事が起きたという感覚をおぼえ、八木君は身をすくませた。

ところが、そんな彼の様子を見ながら、母親はきょとんとしている。彼がいくら今しがたの轟音を説明しても「そんな音、聞こえんじゃった」と、とりつくしまもない。

しまいには、宿題をしないための方便だと疑われて拳骨を食らった。

「そら納得いきませんよ、こっちは確かに聞いているんですから。あんまり口惜しいんで夏休みの日記に〝変な音を聞いた〟と書いたんです」

日記に残した安心感もあったのだろう、宿題を片づけているうち、彼自身も妙な音のことはすっかりと忘れてしまっていたのだという。

再び思いだすのは、夏休みが明けてから一週間ほどあとになる。

「ちょっと、話を聞けるか」

帰りの会が終わった直後、八木君をはじめとする数名は担任から呼びだしを受けた。

いったい何がバレたんね。

内心で己の悪行を振り返るなか、担任は数冊のノートをおもむろに取りだすと机の上へ静かに置いた。すべて、提出して間もない夏休みの日記帳だった。

「お前らの日記……これ、本当か」

担任が、ノートを次々にめくっていく。開かれたのは、どれも夏休み最後の日を記したページであった。

大きな音がしてビックリしました。

どかあん、と空いっぱいに爆発したような音が聞こえました。

私はおどろいたのに、おばあちゃんは聞こえないと言ったのでふしぎでした。

どの日記にも、あの轟音に関する一文が記述されていた。

八木君は、補足するようにあの日の出来事を仔細に語った。耳をつんざく音、その直後に家を揺らした地響き。そして、自分以外誰も気づかない家族。

外した眼鏡をシャツの袖そでで拭ふきながら、担任は八木君の説明に何度も頷いた。

「実はなあ……お前たちが生まれるずうっと前の夏、この近くの山にアメリカの飛行機が落ちたんだよ。乗っていた人はみんな亡くなったそうだ。先生もまだ小さかったけれども、あの物凄い音は今でもはっきり憶えているよ」

それが、この日なんだ。

日記の日付部分を指で叩きながら、教師がため息をついた。

「お前たちが聞いたの……あの飛行機の音かもしれないなあ」

ざわめく生徒たちに、担任はにこやかな顔でこう諭したという。

「これは、亡くなった人たちからの〝忘れないで〟というメッセージじゃないのかなあ。だから、怖がるばかりじゃなく、きちんと覚えておいてあげようや」

「……不思議なことに、同じクラスの中でも〝確かに聞いた〟という生徒と〝まるで聞こえなかった〟という生徒がいたんです。家が隣なのに、片方の子しか聞いていないケースもあったようです。理由は、最後まで解りませんでした」

今でも、あの日になると空を見上げてしまいますね。

そう呟きながら、八木君はぼんやりと空中を眺め、目を細めた。

夏休みの、何とも不思議なひとコマである。

【B-29墜落】

終戦間もない一九四五年八月三十日、米兵十二人を乗せてサイパンの基地を飛び立ったB-29爆撃機が、福岡県の捕虜収容所に向かう途中で濃霧により視界を失い、宮崎県高千穂町の親父山に墜落、炎上した。この事故で乗組員は全員が死亡。現在までに身元が判明しているのは四名のみであるという。一九九五年には、付近住民が五ヶ所高原へ平和祈念碑を建立した。この付近ではこれ以前にも日本の隼戦闘機が墜落し、パイロットが死亡している。また、後年には民間の航空機が墜落、搭乗員が死亡するという事故も起きているという。

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