濡れたセーター(栃木県) | コワイハナシ47

濡れたセーター(栃木県)

千秋さんという女性よりうかがった、彼女自身の体験談である。

十年ほど前の出来事だそうだ。

ある朝、彼女は家じゅうをどたばたと走りまわっていた。

「前の晩、自転車の鍵をどこかへ置きっぱなしにしちゃったんです」

自身の部屋、居間、トイレ、脱衣籠かごのなか。懸命の捜索にもかかわらず、鍵はどこにも見あたらない。

まずいなあ、もう一度、全部の部屋を確かめよう。

と、焦りながら仏間へ駆けこむなり、千秋さんはその場に固まってしまった。

部屋の片隅に置かれた衣装簞笥。そのいちばん下の抽き出しがじっとり濡れて黒々と変色していたのである。

簞笥を伝ったのか、畳の上にも掌大の水溜まりが広がっている。雨漏りかしらと天井を眺めたが、水の滴ったような形跡はどこにも見受けられなかった。

どういうことだろう。

先ほどまでの焦燥感も忘れ、彼女は簞笥に近づいた。おそるおそる黒ずんだ抽き出しを開けると、長らく母の愛用している薄緑色のセーターが、ぐっしょりと水を吸っている。

理由は解らないが、このまま放置しておくわけにもいかない。

彼女はずっしり重いセーターを持ったまま、台所の母へ声をかけたのだという。

「なあに、どうしたの。鍵は見つかっ……」

小言じみた台詞は、途中で止まってしまった。

セーターを目にするなり、母は「あッ」と叫んでその場に泣き崩れた。

「由子が死んだ、由子が死んだッ」

母が連呼している由子とは母の妹、すなわち千秋さんの叔母である。

双子と見紛われるほど顔も性格も似た姉妹で、現に、栃木の実家へ帰る際も、わざわざお互いの予定を擦りあわせて合流するほど仲の良いふたりだった。

しかし、千秋さんはすべてが解せなかった。

なぜ母は狼狽しているのか。どうして叔母の名を呼んでいるのか。あまつさえ、叔母が死んだと泣き喚めいているのか。そして、セーターがしとどに濡ぬれている理由はなんなのか。

「お母さん……どうしたのよ」

娘の問いに、母がしゃくりあげながら答えた。

「このセーター……由子が買った福袋に入ってたの。〝アタシは緑は着ないから〟って、お母さんにくれたの。それが濡れているんだもの、あの子はきっと死んだのよ」

説明を受けてなお、千秋さんは戸惑っていた。セーターが濡れているから叔母が死んだという理屈が、まったく理解できない。

母はおかしくなってしまったのではないか。セーターを濡らしたのも、ほかならぬ母の仕業ではないのか。

こういうときは警察、否、救急車。あ、その前にお父さんの会社に電話かな。

選択を迷いながら廊下の電話へ視線を移した、瞬間。

見つめていた電話が、けたたましく鳴った。

「かけてきたのは、叔母ちゃんの旦那さんでした……ええ、そうなんです。叔母ちゃん、本当に死んでいたんです。急性心不全だったそうです」

だが、通夜の段になっても、千秋さんのなかでは懐疑心がくすぶっていた。

常識的に考えて有り得ない。服が濡れただけで人が死ぬのなら、洗濯さえもままならないではないか。

もしかして……お母さんが殺したとか。イサンソーゾクとか、よくあるじゃん。

殺人、遺産、懲役。きれぎれの単語を頭に浮かべつつ、葬儀場を退去する参列者に頭を下げている母の、一挙一動をつい観察してしまう。

そんな、最中だった。

「大変だったねえ」

老人と呼んでも差し支えない年齢の婦人が、母のもとへ涙ぐみながら駆け寄ってきた。母が「伯母ちゃん」と嗚咽を漏らしながら婦人と抱きあう。

どうやら、老婦人は母にとって伯母にあたる人物のようだった。そういえば何年か前、本家の集まりでいっぺん会ったっけ。お母さんにとって伯母ってことは、私にとっては、ええと、ええと。

吞気きわまる考察は大伯母が次の言葉を口にした瞬間、搔かき消されてしまった。

「たまげたでしょう。そのうち慣れるから、私っちの祖母ちゃんも母親も、みんな死んだときは服がくさった(濡れた)もんだわ」

「え」

今回だけではないのか。母の一族は、亡くなるとかならず服が濡れるのか。

絶句している娘に気づいた母が、ゆっくりと頷いてから口を開いた。

「女だけよ。だから……あんたも、お母さんが死んだときは、どうか察してね」

それから十年。現在、千秋さんは西日本の都市で暮らしている。

家を離れる際、母からは愛用していたスカートを譲り受けた。

「いまのところ健康なんで心配していませんけど……いつの日か、あのスカートが濡れているのを見ちゃうんでしょうね」

とうに覚悟はしているものの、スカートをしまった押し入れを開ける瞬間は、いまでもすこし緊張するそうだ。

【七日ざらし】

栃木県の一部で葬儀の際におこなわれる風習。家の裏手に北向きで故人の衣服を吊るし、そこに水をかけて七日のあいだ濡れた状態を保つ。死者があの世で火の山を越えるときに火傷を負わないため、着物についている霊に転生を促すためなど、由来には諸説がある。

同様の風習は埼玉県や長崎県の一部にも残っている。長崎県では、七日ごとに水をかけ、四十九日まで続けられるという。逆さにした衣類を青竹にくくりつけて海で洗う地域や、一厘銭を投げこんでから洗う地域など、土地によってその詳細は異なっている。

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